A4一枚のレポートが5000万円

情報レポート系のツールも、マストではないのに人気があるものの1つです。経営層は「こんな数字がわかると経営判断に役立つ。会議のときにわかるように集計しておいてくれ」と、思いつきでシステム部門に要望を出します。経営者はシステムを少しいじれば数字が出ると思っているかもしれませんが、たいていはそう簡単にいきません。普通のシステムでは足りず、エクセルでマクロでもつくろうかという話になって、開発コストが膨らむのが関の山です。

ある企業のオペレーション改革で、経営の意思決定にかかるコストを分析したことがあります。A4一枚のレポートを出すのにかかったコストは、なんと5000万円です。はたして、それだけのコストをかける価値がある意思決定ができたのか。いい意思決定ができたのだとしても、そのレポートがなければ不可能だったのか。もう一度、問い直す必要があるのではないでしょうか。

ITにも流行があります。近年の注目はビッグデータ。経営層がレポートを欲しがるのも、「時代に遅れるな。ビッグデータを活用しろ」という焦りからでしょう。無論、ときには新しい分野にR&D的に先行投資することが必要でしょう。ただ、その場合も小さくスタートして試すなどの工夫が求められます。流行っているからといって、いきなり大々的に導入すると、失敗したときの傷が大きくなります。次の注目分野はAIですが、効果をきちんと確かめながら投資を進めていくべきです。

ユーザーVSシステム部門の怒鳴り合い

最後にもう1つ、失敗事例を紹介しましょう。ある金融機関は、ユーザー部門の要望で次々に新しいシステムを導入しました。ローン業務のシステム、顧客データベースのシステム、帳票を処理する事務のシステムです。それぞれの作業は楽になったので、システム導入はひとまず成功したように見えました。

ただ、3つは連携されていない独立したシステムでした。そのためローン業務を終わらせるのに3つのシステムを順番に立ち上げて、手作業でデータをコピー&ペーストする必要がありました。手作業なのでミスも頻発します。全体を通して見れば、効率化どころか、かえって余計に時間がかかる結果になっていたのです。

実際にその現場に入ったときの光景は今でも忘れられません。3つのシステムを次々に立ち上げてコピペするのは大変ですが、社員はその環境に順応して、見事な手さばきでシステムを立ち上げたり閉じたりしていました。一種の“職人芸”です。

ただ、それができるのはベテランの人だけです。システム化の目的の1つは誰でも簡単に作業ができる環境をつくることですが、現場では逆に、特定の個人に寄りかかる属人化が進んでいたわけです。

部分最適を目論んでシステムを乱立させるうちに、全体は最適から遠のいてしまう。これもIT導入でよくある典型的パターンの1つです。

こうした失敗が相次ぐのは、一般にシステム部門は社内での裁量が小さく、ユーザー部門の要望をそのまま受け入れがちだからでしょう。両部門は仲が悪くなる場合も多く、金融、とりわけ一分一秒を争うトレーディング部門だと怒鳴り合いもしょっちゅう。ユーザー部門は、「あったらいいな」を率直にシステム部門にぶつけてきますが、システム全体、あるいは業務プロセスを含めた全体を設計するという発想はありません。結果として、システム部門でいきあたりばったりの開発が行われ、全体最適からほど遠くなるのです。

とはいえ、ユーザー部門が自分たちの要望を出すのは当然のことです。問題は、会社全体を見渡し、業務とITの連携を促すべき経営層です。残念ながら、日本の企業には業務とITの両方がわかる経営者が少なく、現場にお任せになりがちです。それが前述のような事態を引き起こす遠因になっています。

最近、金融業界ではCIO(最高情報責任者)経験者がトップに立つという流れができつつあります。こうした風潮がもっと広がれば、IT導入の失敗も減っていくのではないでしょうか。

(構成=村上敬 撮影=小原孝博)
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