思い入れの強さが製品への過大評価を招く
ならば、従来品の約3倍の価値のある製品を開発すればいいのかというと、そう単純な話でもない。心理的バイアスはつくり手のほうにも作用するからだ。
新製品の開発担当者は、当該製品の最高の理解者である。生い立ちから長きにわたって製品にかかわり、さまざまな長所を知り尽くしている。ただ、この熱心さに落とし穴がある。
ある人やものとの接触回数が増えれば増えるほど好感度が高まる現象を「単純接触効果」と呼ぶが、この効果が開発担当者の目を曇らせる。製品開発を通して何度も当該製品に接するうちに思い入れが強くなり、顧客も同じように新製品の価値を理解してくれると思い込む可能性があるのだ。
ハーバード大学のジョン・グルビル教授によると、結果的に売り手は自社で開発した製品やサービスの価値を3倍に過大評価するという。
じつはプリウスが市場に広く受け入れられ始めたのは2003年発売の2代目からで、初代はトヨタのイノベーションの結晶であるにもかかわらず、一部のユーザーにしか普及しなかった。初代が伸び悩んだのは、ハイブリッド技術に注力した結果、クルマ本来の醍醐味である操作性やスピード感が犠牲になったからだという声もある。ある意味で、ハイブリッド技術を過大評価していたのだ。
売り手は思い入れが強すぎて、新製品に対して3倍の過大評価をする。一方、前述のとおり、買い手はすでに手に入れた製品を3倍過大評価する。言い方を変えれば、新製品の価値は3分の1に見積もられてしまうということだ。
これをかけ合わせると、売り手と買い手の知覚価値には、9倍のギャップが存在することになる。グルビル教授は、これを「9倍効果」と名づけている。
新製品を定着させるには、この9倍の壁を乗り越えなくてはいけない。プリウスは2代目の時点で、それをやってのけた。ハイブリッド技術を向上させつつ、クルマが本来持つ魅力に立ち返ることで、多くのユーザーを獲得。一般的にフルモデルチェンジが発表されると前のモデルは売れなくなるが、2代目の販売台数は右肩上がりだった。2代目のヒット要因を引き継ぎ、「乗って楽しい」というコンセプトを打ち出した3代目が成功したのも至極当然である。
※すべて雑誌掲載当時