【若新】なるほど。多くの人は、サボりたい自分に気づいた時、それを根本から改善するハウツー本を買いに行くんだと思うんです。サボりたい自分を変えてしまいたい。でも、人間の根本はなかなか変わりません。山里さんの場合は、自分の中で「サボろう君」がいることをあえて認め、「サボらない君」を新たに出現させて戦わせるわけですね。つまり、自分の中のありのままの世界で工夫をする。それを毎回やるんですか?

【山里】毎回やります。戦って勝てば、自分が幸せになれると知っているので。サボらずに努力して、アイデアを一つでも考えつくことができれば、その時間の多幸感がまたすごいんです。サボりたい気持ちに勝とうとすることが、自分にとってむちゃくちゃいいことだし、カッコいいことだと高く評価しているんです。だから、できるんです。

【若新】すごく面白い! 自分のダメな部分をなくして自分を好きになるのではなく、自分のダメな部分と厳しく向き合っている自分を好きになっているんですね。

「ニセモノの天才」だと認める

南海キャンディーズ・山里亮太さん

【山里】僕が天才だと思う人たちはみんな、サボりたい気持ちに対して、ナチュラルに打ち勝てる人たちだと思うんです。僕は「ニセモノの天才」になろうとしているから、「天才のまねをすれば天才に近づけるよ」って自分に言い聞かせながらやっています。

【若新】「ニセモノの天才」であることを否定したり嫌ったりするのではなくて、「自分はニセモノ」だと認めて、その弱さと戦う自分をまた好きになる。実は、すごく健全なことだと思います。

さらに山里さんのお話の中で重要だと思う点があります。僕たち人間はたいがい誰かから「〇〇くん、あの時はすごかったね」と他者評価されるのが大好きです。それなりに成功した人は慣れてしまうから、他者評価がもっとほしくなってエスカレートします。そして、他者評価されなくなった自分は嫌いになる。でも、山里さんはきっと、他人に評価された自分以上に、自分が評価した自分が好きなんですね。

【山里】すごくナルシストなんだと思います(笑)。ただし、成功や評価が続くと、また「サボろう」が強くなって、いろんな攻撃パターンで俺をサボらせようとする。「今日はこれだけ成功したから、酒を飲んでいい」って。それで酒を飲んで、翌朝後悔する。

【若新】ある程度の成功を得た人は、多少サボっても、完全にダメになったり、職を失ってしまったりするほどのダメージは受けないようになります。だから、またサボる自分が出てくる。でも山里さんは、それを自分の中から消そうとするんじゃなくて、まずは認めるんですね。

【山里】人はサボるものだと思っています。この脳みそは、いかにサボるかをいつも考えている。

【若新】それは、今日もうひとつお話ししたかったことでもあるんです。「克服」という言葉の捉え方です。ダメな自分がいたら、そんな自分をすっかり変えてピカピカによくしたいと思っている人が多い。それは、問題があれば完璧に解決する、穴があれば埋めて、なかったことにするという教育を受けてきたからだと思うんですが、人間の自己成長のあり方として正しくないかな、と。

完璧に変えたくても、それができなかったらそんな自分を嫌いになってしまう。でも山里さんは、不完全な自分やどうしようもない自分を認めて、それと戦う自分の姿やプロセスを好きになっていく。