企業で働く人間が不正を告発したらどうなるのか。『週刊ポスト』(8/4号)が「あなたは『内部告発』をして本当によかったですか?」という特集を組んでいる。

手本は「ホイッスルブロワー法」だったが…

日本でもある事件をきっかけに内部告発者を守る「公益通報者保護法」が2006年4月に施行されている。

この法律ができるとき、この法案に反対する弁護士グループのシンポジウムに招かれ、私も意見を述べたことがあった。

よくいわれていることだが、この法律はアメリカで内部告発をした公務員などを守る「ホイッスルブロワー法」をまねようとした。だが、アメリカでは通報者への一切の報復的人事を禁じ、告発者に報奨まで出すことを規定しているのに対して、日本の場合は、事実上、内部告発者側を“規正”するための法律になっている。

この法律がつくられたのは、トナミ運輸岐阜営業所に勤めていた串岡弘昭が内部告発したことによる。彼が1974年、岐阜営業所時代に、東海道路線連盟(東京―大阪間に路線を持つ運送会社50社)の加盟社が違法な闇カルテルをやっていると、公正委員会と読売新聞に情報提供して大きな問題になった。

だが、親しくしていた名古屋支店長に、自分が情報提供者であることを話してから、彼の人生は暗転する。

支店長は会社の上層部に報告し、人事部に呼び出された。以来32年間、草むしり、ストーブへの給油、雪下ろし、布団の整理など雑務だけを与えられ、手取り18万円のまま据え置かれて昇給は一切なし。暴力団からの脅しまであったという。

流行語大賞になった「内部告発」

「家族からも、もう辞めたらどうかといわれて悩みもしましたが、辞めるべきは自分ではないという信念があったので、いずれ裁判をやろうと決めていた。2人の子供が大学を卒業した55歳の時に、裁判を起こしました。ちょうど雪印食品の牛肉偽装問題とタイミングが重なり、その年の流行語大賞で『内部告発』がベストに選ばれました」(串岡)

2002年に会社側を相手取り損害賠償と謝罪を求める訴訟を起こし、05年、会社側に1356万円の支払いを命じる判決が下った。

その後に「公益通報者保護法」が施行され、告発者に対する世間の目が「裏切者」から「勇気を持った人」へと印象は変わっていったが、串岡は、法律の中身を見れば、事実上の「内部告発者規制法」でしかないと厳しく批判する。

罰則規定がない「ザル法」

なぜなら、外部への通報を行う場合、保護を受ける条件は「まずは社内で通報し、20日以内に『調査を行う』といった返事がない」などとなっているからだ。

つまり、会社側が時間稼ぎで「調査する」といえば、メディアへの告発はできなくなる。しかも、この法律には罰則規定がない。いわば「ザル法」である。あくまで民事ルールとして定められたものだから、違反した企業に刑罰や行政処分は行えないのだ。

こんな法律で内部告発者を守れるわけはない。結局、内部通報した人間の多くは、社内でたらいまわしにされ、白い目で見られ、辞めざるを得なくなる。名誉回復のためには会社側を訴え、たった一人で戦わなくてはならない。

オリンパス社員の濱田正晴のケースを紹介しよう。上司が取引先から不正に社員を引き抜こうとしていると知った濱田は、社のコンプライアンス担当部署に通報した。

だが、内部通報が対象の上司たちの知るところとなり、全く経験のない部署へ異動させられてしまう。

2008年に配転命令の無効と損害賠償を求めて訴訟を起こし、12年に最高裁で「配転は人事権の乱用」として220万円の賠償を会社側に命じる判決が出る。

だがその後も処遇は改善されず、再度会社を訴え、16年にようやく会社が解決金1100万円を支払ったが、濱田のサラリーマンとしての人生の大半は、会社との訴訟で明け暮れてしまった。

オリンパスはその後も、巨額の損失隠しを指摘したマイケル・ウッドフォード社長(当時)を逆に解任して、世の非難を浴びるが、この組織のゆがんだ体質は何も変わらなかったのである。