2017年の“流行語”のひとつ「忖度」。長年裁判傍聴をしている著者の北尾トロ氏は、良好な関係に見えたある夫婦が、官僚が政治家の気持ちを推し量るレベルで、互いを忖度したがために、最終的には妻が売春し逮捕された事件をレポート。そこから学ぶべき夫婦関係の掟とは?

仲のいい夫婦がハマった「忖度」の落とし穴

今年になって、悪い意味で一般的になった言葉「忖度」。「他人の気持ちを推し量ること」という意味で、森友・加計学園問題を巡り官僚が政治家の気持ちを推し量りすぎたため“流行語”になった。

これが政治ではなくビジネス社会の話になると、上司や同僚、取引先担当者の心の動きをキャッチして先を読んで行動することは、ビジネスマンにとって必要な能力でもあり、うまく発揮できれば”気遣いができる”とか”配慮が行き届いている”といった評価につながることもある。

でも、気が利くのは良いけれど気を回しすぎるのは良くないと言われ、また気遣ってばかりいると大事なことを見落としてしまうとも言われる。というように、「忖度」の運用は案外難易度の高いものなのだ。そこで、数年前に東京地裁で傍聴した事件を紹介しつつ、忖度の落とし穴について考えてみよう。

堅実で美人な専業主婦が売春で捕まるまで

罪状は、売春防止法違反。被告人の女性が路上で声をかけた男が刑事だったことから、あえなく現行犯逮捕された事件である。捕まった側にしてみれば、ついてなかったと思っても不思議じゃないケースだが、「今の気持ちはどうか」と弁護人に尋ねられた被告人は、「捕まってホッとした」と答えた。

被告人は風俗店などの組織に属さない30代の主婦で、スリムな美人。出会い系サイトなどで相手を探しては、援助交際という形の売春行為を重ねていたという。具体的な期間や回数は明かされなかったが、少なくとも数カ月間、月に数回のペースで売春したらしい。

写真はイメージです

捕まった日は、たまたま約束した相手が現れず、やむなく道行く人から適当な男を選んで声をかけたそうだ。それが刑事だったのは素人らしいミスといえるかもしれないが、どうにも違和感がある。路上で見ず知らずの男を誘うのはリスキーだし度胸もいる。しかも時間帯は夕刻。“プロ”ならいざ知らず、素人の主婦売春でそこまでする理由は何か。

そこには、なんとも理解しがたい忖度しすぎな夫婦関係があったのだ。

被告人の夫はある企業の中堅社員で、売春に手を出す以前は専業主婦として不自由なく暮らしていた。夫の性格は優しくて真面目。被告人も同様の性格で、どちらかといえばおとなしい部類。きちんと家事をこなし、堅実に貯蓄に励み、順調な人生だと感じていた。子どもはいないが、ケンカすらほとんどしたことがない仲良し夫婦だった。