清宮選手は、プレーだけでなく宣誓も型破り?
前身となる「全国中等学校優勝野球大会」が始まってから100周年を迎えた2015年の第97回全国高校野球選手権では、第1回の優勝校・京都二中の流れをくむ鳥羽の梅谷成悟主将が選手宣誓を行った。くじではなく、指名だったのは異例のことだ。
梅谷成悟主将 鳥羽高(京都)「次の100年を担う者として、8月6日の意味を深く胸に刻み、甲子園で躍動することを誓います」――サンケイスポーツ 2015年8月7日<鳥羽・梅谷主将が選手宣誓「8月6日の意味を深く胸に刻み」/甲子園>
8月6日の広島原爆の日に開催された開会式を意識した選手宣誓である。陣内教授は、80年代以降の選手宣誓に「客観視する視点」が生まれたと分析していたが、この宣誓文は100年分の歴史を俯瞰したものであり、究極の「客観視」と言えるだろう。梅谷主将は取材に対して「戦争で甲子園に出たくても出られなかった方もいる。普通に野球ができるのは、誰かの支えがあるから」と語っている。
逆に、究極の「主観」とも言える選手宣誓がこの2年前に行われて大きな話題を呼んだ。
「宣誓。我々は……というか、僕に注目してください!」
高校野球ではなく、2013年のナイキジャパンのCMである。こうして考えると、冒頭に挙げた清宮主将の「私たちは野球を愛しています」という選手宣誓もなかなか主観的である。ナイキジャパンのCMのようにはいかないかもしれないが、型破りな選手宣誓の登場に期待したい。
(写真=時事通信フォト)