――ハフィントンポスト 6月20日 <加藤一二三九段が引退 「将棋界のレジェンド」は62年10カ月間、こう戦った>
6月20日、将棋の加藤一二三(ひふみ)九段が現役を引退した。勝利数1324は歴代3位、対局数2505と敗戦数1180はいずれも歴代最多、現役生活63年は歴代1位というまごうことなき将棋界のレジェンドだ。14歳7カ月でデビューという藤井聡太四段が登場するまで62年間破られなかった史上最年少記録と、77歳11日という現役棋士の史上最年長記録を持つ。
近年では「ひふみん」の愛称でバラエティー番組でも活躍。自由奔放、天真爛漫な数々の振る舞いは「加藤一二三伝説」として伝えられ、多くの人に愛されてきた。14歳にして29連勝という記録を打ち立てた藤井聡太四段とともに昨今の将棋ブームの立役者と言っていい。
不屈の闘志
――『ユリイカ』2017年7月号 特集・加藤一二三<加藤一二三について語るための予備的考察>
「加藤一二三伝説」は枚挙にいとまがない。対局中は昼も夜も必ずうなぎを食べる。対局中にカマンベールチーズや大量の板チョコ、山盛りのみかん、ケーキ3個などを食べ、ジャーに入れたカルピスを飲み干す。序盤での常識はずれの長考、対局会場にある滝の水を止めさせる、対局場にストーブを持ち込んで相手にあてる、立ち上がって反対側から盤面を見つめる、並外れてネクタイを長く結ぶ……。
将棋記者の鈴木宏彦氏は「評論 偉大なる73歳 観戦記者の見た加藤一二三論」(『将棋世界Special Vol.4』所収)で、これらの有名なエピソードの数々が加藤九段の勝負に対する気迫、闘志の表れそのものであると指摘している。加藤九段自身の弁によると、甘いものをたくさん食べるのは脳への栄養補給であり、毎回同じものを注文するのは勝負の最中に余計なことを考えないようにするため。決断の数を減らすために毎日同じ服を着続けたスティーブ・ジョブズと似たような考え方だ。
――加藤一二三『将棋名人血風録』(角川書店)
もう一つ、前述の鈴木氏は加藤九段の「闘志の持続力」が際立っていたことを指摘する。加藤九段が73歳シーズンで戦った順位戦7局はすべて「5時間50分」以上消費していた。年齢を重ねると体力の低下から早指しになる棋士もいる中、加藤九段は格下の相手でも勝利を得るために徹底的に考え抜く。尋常ではない闘志と体力である。
事実上現役引退が決定した後も、あくまでも現役を続けるためにファイティングポーズを取り続け、実際翌日に勝利して史上最年長勝利記録を更新した。現役最後となった6月20日、高野智史四段との対局では、投了後、感想戦を行わずノーコメントで帰途についた。悔しさゆえの行動であり、勝負師としての闘志が最後まで燃え盛っていたことの証明である。刀折れ矢尽きても指し続けたのだ。
――NHK ETV特集『加藤一二三という男、ありけり。』(7月1日放送)
ところで、加藤九段によると「闘志」には2つの種類があるという。
――『中学コース』1957年6月号
この発言は17歳、高校3年生のときのもの。勝利のために闘志を燃やすのは当然のことだが、このときすでに将棋を極めたいという闘志も燃やしていた。