お客は「凝ったメニュー」を求めない

経営側の視点でみれば、シンプルなメニューは管理がしやすい。だが、お客側の満足は別の話で、マーケティングの鉄則では「消費者はどんどん変化する」だ。舌の肥えた現代の消費者に向けて、スガキヤはどう訴求しているのか。

「基本は、共通食材を用いたスガキヤならではの商品展開ですが、一方でより多くのお客様に興味を持って、飽きられることなく楽しんでいただきたい思いもあります。そこで季節商品では『トレンドを取り入れる』という考えも意識しています」(寿一氏)

スガキヤにおける「トレンド」とは、流行の最先端ではなく、最近の好まれる味ぐらいの意味だろう。そう考えると「ぶっかけ冷し麺」や「温野菜ラーメン」という季節商品の訴求内容が腹に落ちる。寿一氏はこうも話す。

390円で展開しているシンプルな『ざるラーメン』(一部の店舗限定。6月15日から全店で展開予定)

「スガキヤのお客様には、凝った商品より、シンプルな商品の方が受け入れられる傾向があり、たとえば390円で展開しているシンプルな『ざるラーメン』(一部の店舗限定。6月15日から全店で展開予定)は夏の売れ筋商品です」(寿一氏)

筆者が個別にスガキヤ利用者に聞いたところ、「スガキヤは安くて使い勝手がよければよい。餃子や炒飯を食べたいときは他の店に行く」という意見だった。確かに、子供時代からスガキヤを利用してきた筆者も、店に餃子や炒飯がないのを不満に思ったことはない。「スガキヤはそういう店」といえようか。

創業翌々年の1948年にラーメンが加わり、店名が「寿がきや」となった当時は1杯30円だった商品価格は、2016年3月から320円となった。このご時世に320円でラーメンを提供できる秘訣は、これまで紹介したように、麺を自社で一括製造し、メニューを絞り込むなど、徹底してコスト管理をしてきた名古屋流経営の成果だ。

競合店にはない、スガキヤらしさとは「ラーメンと甘味の組み合わせ」「誰もが利用しやすい低価格」「子供から高齢者まで利用できる、店の敷居の低さ」といえようか。

当連載の最後に、「2006年に首都圏から撤退して以来、関東地方には店舗がない。再進出を考えているのか」とも質問した。同社の答えはこうだった。

「お客様からも『関東への再進出を希望します』といったご意見を日々いただいており、うれしく思います。今後の日本国内の人口推移でも、関東(首都圏)の市場には魅力があると考えます。まずは中京地区のさらなるドミナント化が最優先ですが、次のステップとして関東再進出というチャレンジを視野に入れて、今後慎重に検討を続けたいと思います」

いつか、スガキヤ関東再進出という日が来るかもしれない。

高井 尚之 (たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社)がある。これ以外に『カフェと日本人』(講談社)、『「解」は己の中にあり』(講談社)、『セシルマクビー 感性の方程式』(日本実業出版社)、『なぜ「高くても売れる」のか』(文藝春秋)、『日本カフェ興亡記』(日本経済新聞出版社)、『花王「百年・愚直」のものづくり』(日経ビジネス人文庫)など著書多数。
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