最近、日本の企業から、新たな市場を切り拓くような商品やサービスがなかなか生まれてこない、という指摘があります。その理由について私は、多くの日本企業が、技術開発ばかりに注力して、新たな市場づくりに不可欠な「文化開発」を疎かにしているからではないかと考えています。
文化開発とは、技術や商品を用いて世の中をどうよくするかを、新しい生活習慣からデザインすることです。本来、技術開発と文化開発は統合して考えるべきものです。しかし、日本企業では、まず独自技術ありきで商品開発を考えがちです。技術を高めることには熱心でも、それが世の中でどのように役立つのかまではあまり考えない。あるいは、今ある商品の延長でしか考えようとしない。その結果、非常に苦しい競争に自分たちを追い込んでいるのではないでしょうか。
「自動車旅行」を広めるため
技術開発だけでなく、文化開発にも取り組むことで成功した有名なケースが、タイヤメーカーのミシュランです。同社がレストランやホテルのガイドブックを出しているのは、もともと自動車旅行の文化習慣を広めるためでした。最初の発行は1900年。当時の自動車産業は、まだ量産化が始まる前で、自動車メーカーは小さな工房レベルの規模でした。そんな中で、いち早くタイヤの量産を始めたミシュランは、フランス各地のおいしいレストランを紹介することで、まだ自動車の使い道を知らない人々に、自動車で旅行に出かけることの楽しさを伝え、自動車の販売、ひいてはタイヤの販売を増やそうとしたのです。
当たり前のことですが、どんな商品も、初めて登場したときは、消費者にはそれを使う目的もよさもわかりません。そのため、企業には、ただ商品を提供するだけでなく、その商品を使うことで暮らしがどうよくなるのかを構想し、消費者を啓発する必要があるのです。
日本にも、優れた文化を開発した事例があります。阪急電鉄の創業者、小林一三は、潰れかけていたローカル線の会社を立て直すため、路線の周囲に通勤生活者用の住宅地を開発。駅前に広場とスーパーマーケットを、ターミナル駅にはデパートを、さらに郊外のターミナルには劇場(現在の宝塚歌劇団)などの娯楽施設をつくり、今では当たり前になっている日本の大都市生活者の暮らし全体をデザインしました。
また、明治期に国産初のオルガンやピアノを製造したヤマハは、楽器を製造するだけでなく、教本をつくり、講師を養成し、音楽教室を全国に展開することによって、楽器を演奏して楽しむ文化を国内に普及させました。