現役時代の王は、開幕前に毎年のようにこういっていた。
「ことしは一本も打てないのじゃないかと不安になる。だから練習するのです」
スランプになって顔がげっそりやせても練習をやめなかった。少し休んだらどうですか、と声をかけると、
「いや、ボクは練習でここまできたのだから、また打てるようになるには練習するしかないんですよ」
と、答えはいつも同じだった。
ことし西武の練習がアーリータイムといって評価されたが、ホークスのキャンプ練習は王が監督になってからずっとアーリー・アンド・レイターだった。かつて高知でキャンプしていたころは練習量が猛烈な小久保に松中と井口が従っていた。巨人と同じ宮崎でキャンプするようになってからスポーツ新聞の遊軍記者たちは、巨人の練習が終わってからホークスの練習を見に回った。それで十分に練習が見られた。すっかり日が落ちたころ川崎宗則が松田宣浩や本多雄一らを連れてベンチへ戻ってくる。
球場周辺には大勢のファンがサインをもらおうと待っている。王はサインする場所を決めて、1日に200人限定でサインしていた。選手たちは30分おきの帰りのバスがくるまで、「今度のバスまでね」といいながらマジックを走らせていた。
「ファンは宝ですよ。ボクたちはお客さんに見てもらってナンボでしょ」
その王から、2008年10月下旬に東京新聞・東京中日スポーツに挨拶にこられたとき、サインをもらった。それには昔の「努力」の代わりに、
「氣」
とあった。
体を痛めて、50年間にわたって着たユニホームを脱いだが、王にはまだまだ気力を振り絞ってやることがあるようである。
(文中敬称略)