リソースを一点集中する思い切りの良さ

NVIDIAが現在のように、AI向けの半導体ではトップ企業というポジションを確立できた理由は、決断の早さと、リソースを一点に集中して投入する思い切りの良さにある。

例えば、NVIDIAは2010年頃からスマートフォン向けの半導体を開発し、それを2012年頃に本格的に展開して、当初はある程度の成功を収めていた。しかし、競合メーカーのクアルコムが創業以来の同社の強みであるモデムチップを統合すると、モデムチップを持たなかったNVIDIAはそれに対抗することができなくなり、慌ててイギリスのモデムチップメーカーを買収したものの、結局成功を収めることはできなかった。

普通の会社であれば「何かを改善すれば、まだビジネスとして成り立つのではないか」と考えたり、あるいはメンテナンスモード(成長もしないが、縮小もしない事業として続け、既存の顧客を維持する方針)に転換したりするものだ。しかし、NVIDIAはそうしなかった。あっさりとスマートフォン向けの事業を諦め、それを自動車向けのビジネスに転換し開発リソースを集中させたのだ。それが大成功を収めて、トヨタを始めとする世界の一流自動車メーカーに採用されるまでに至ったのは既に説明したとおりだ。

では、なぜNVIDIAはそのように自分の戦略の誤りを認め、素早く次へ行く、また今後成長するかもしれない市場にいち早く開発リソースを割くという決断ができるのだろうか? その理由はNVIDIAをジェンスン・フアン氏(NVIDIA 共同創業者 兼 CEO)という強力なリーダーが率いていることにある。NVIDIAの創始者の一人で、創業以来のリーダーであるフアン氏は、半導体業界が向かう方向性を示せるビジョナリーの一人であり、投資家だけでなく、IT業界のエンジニアにもファンが少なくないというカリスマ経営者である。

NVIDIAの共同創始者兼CEO、ジェンスン・フアン氏

NVIDIAの関係者によれば、フアン氏は「自分たちの強みは何かを追求し、そこに付加価値をつけてお客様に提案しろ」と常に社員に指示しているという。他社が簡単には真似できないオンリーワンの技術を作り、自分たちが強みを出せる分野で勝負する。それがフアン氏の経営姿勢なのだ。

こうしてNVIDIAはスマートフォンビジネスをあっさりと諦め、オンリーワンの技術がある自動運転ビジネスに賭けた。だからこそ、今の自動車分野での勝利がある。スマートフォンの世界で王者となったクアルコムは、現在、自動運転ビジネスでは追いかける側になっている。その事実が何よりの証拠だろう。

ライバルはインテル、クアルコム

AIによる自動運転の世界では明確なリーダーとなったNVIDIAだが、他の半導体メーカーも黙って指をくわえて見ているわけではない。

世界最大の半導体メーカーであるインテルは、日産自動車のセレナに採用された自動運転用カメラモジュールを供給しているイスラエルの企業「Mobileye」を153億ドル(約1兆7000億円)という巨額で買収することを明らかにした。インテルの幹部は買収攻勢を今後もかけることを隠しておらず、自動車向け半導体メーカーの買収によりNVIDIAとの差を縮めていく方針だ。また、スマートフォン向けの半導体でトップシェアのクアルコムも、車載半導体では世界1位のNXPを買収することを昨年発表している。このように、NVIDIAよりも規模が大きく、資金的に余裕があるメーカーが本格的に自動運転ビジネスに乗り出してきている。

米IC Insightsによると、2016年(推計値)の半導体企業売上高ランキングで、インテルは約563億ドル(約6.40兆円)で1位、クアルコムは約154億ドル(約1.75兆円)で4位だった。これに対し、NVIDIAは約63億ドル(約7163億円)で16位にとどまっている。

規模では両社にはかなわないNVIDIAが、どのような“オンリーワン”を打ち出してくるのか。フアン氏の次の一手に、半導体業界からの注目が集まっている。

(写真=笠原一輝)
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