データサイズを2桁削減、デジタル家電時代を拓いた功労者
MP3の名は、多くの人に「音楽データの名前」としてなじみがあるだろう。そのソフトウエアライセンス供与を、特許ライセンスの保持者であるフラウンフォーファーがやらなくなる、というのはどういうことなのか。そもそも、「特許ライセンスの提供が終了する」とはどういうことなのだろうか。
MP3、正確には「MPEG-1 オーディオレイヤー3」と呼ばれる技術は、1987年にフリードリヒ・アレクサンダー大学とフラウンフォーファーが共同で開発した、音声をデータ化するための技術である。特徴は、「音響心理学モデル」を用いて、人間の耳には感じづらい領域の音からカットしていくことにより、音のデータ量を劇的に削減しつつ、聴く人には違和感を抱かせないという手法にある。CD(すなわち非圧縮)では1分あたり50MB程度あった音楽データを、50分の1・100分の1にまで小さくしても、極端に劣化した音には聞こえなかった。
非圧縮で1分50MBという値は、いまでは特に“重い”ものではない。しかし、25年前にはあまりに巨大なデータだった。PCのメインメモリーは数「メガバイト」しかない。また、当時のインターネットは「ブロードバンド以前」だ。毎秒数十「キロ」bps(1秒あたりのビット数)で転送するのがやっとだった。今よりも2桁以上遅い機器しか存在しない時代、音楽データを扱うのは極めて困難だった。個人が扱うのは難しく、流通にも、CDという媒体を使うのがもっとも楽な方法だった。
・1MB(メガバイト)=1,000KB(キロバイト)=1,000,000 Byte(バイト)
・1バイト=8ビット
しかし、データ容量を簡単に50分の1にできて、しかも音の劣化が少ないMP3が登場したことは、これらの困難さを一気に解消する力を持っていた。
その後の普及は、みなさんもご存じの通りである。「MP3プレーヤー」は世界を席巻し、アップルは「iPod」を作り、その成功がiPhoneにつながった。
実際には、同じような手法で音のデータを小さくする技術はMP3のほかにも同時に複数生まれており、そのひとつが、MDにも使われていた「ATRAC」である。しかし、多くの人がPCで気軽に使えたこと、製品バリエーションが多く自由度が高かったことなどもあり、結果的には、家電メーカーは「MP3の流れ」に敗北することになった。
現状、日本ではまだCDが売れているが、世界的にはすでに音楽は「デジタルデータでネット流通」するものになっている。その基礎を築いたのがMP3……ということになる。