先の黒崎さんの本だけでもよいですが、どうしても原文に触れたい人には中島義道さんの『「純粋理性批判」を噛み砕く』(講談社)を推薦します。これは表題通り原本を、それも黒崎本で触れられていない部分を“噛み砕く”構成になっている本で、誤訳についても指摘してくれています。

それから、現代哲学に最も大きな影響を与えたハイデガーについても押さえておきたいのなら、先ほどご紹介した木田元さんの『ハイデガー「存在と時間」の構築』(岩波書店)を読むといいでしょう。ハイデガーの『存在と時間』は、実は当初構想された3分の1しか書かれていない、未完の書です。書かれた第1部を解説しつつ、その未完の第2部以降、何が書かれるはずだったのか、木田さんが再構築されています。哲学者の思考過程を垣間見ることができる快著です。

それでも満足できなければ、どうぞ原本をお読みください。その場合は西洋哲学の本家本元、プラトンの主要著作である『国家』(上下巻、岩波書店)から始めるといいでしょう。「イデア論」について、有名な洞窟の比喩等、比較的わかりやすく書いてあります。

哲学の力が思考に輪郭をもたらす

哲学が直接的にビジネスの役に立つかと問われれば、イエスとは言えません。しかし通常の仕事では見えにくい、基礎的な思考力の醸成や言葉の使い方という点で効果があると思います。

仕事で資料を作成したり、プレゼンをしたりするとき、ある概念を表す言葉を的確に選ぶのは難しいものですよね。そういうときに、哲学をかじっていると何気なく人の心に刺さるワードが浮かぶのです。そうした有用性も哲学にはあるでしょう。

私は理系人間ですので、哲学と量子力学の関係についても申し上げておきます。先ほどイデア論の2項対立を挙げましたが、量子力学では、常識的には理解しえない現象をイデア界に相当する「ヒルベルト空間」の数式で説明します。量子力学とはそもそも言葉では説明できない現象を解き明かそうとする学問であり、そういう意味では、「イデア論を追究する学問」とも言えるかもしれません。

同時に、量子力学は現代のコンピュータや半導体など、最新科学技術の根拠となっています。話題のビッグデータやIoT、人工知能など、第4次産業革命を起こすと言われている最新技術の原動力でもあります。

哲学以外に勉強する余裕がある方は、量子力学の勉強に堀裕和さんの『電子・通信・情報のための量子力学』(コロナ社)をお勧めします。量子力学を学ぶ基礎知識として線形代数、その成果として量子コンピュータについても学んでください。現代の技術の進歩に乗り遅れている人たちを一気にごぼう抜きできるはずです。

村上憲郎
村上憲郎事務所代表取締役。1947年生まれ。京都大学工学部卒業後、日立電子、日本DECなどを経て、DEC米国本社人工知能技術センターに5年勤務。2003年米グーグル副社長兼日本法人社長、09年グーグル日本法人名誉会長に就任。11年退任。著書に『村上式シンプル英語勉強法』など。
 
(衣谷 康=構成 岡村隆広=撮影(人物))
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