トービン税課税国の金融機関は撤退、タックス・ヘイブンへ

図 トービン税の長所と短所

図 トービン税の長所と短所

そのような状況の中で、世界中のすべての国や地域で一律に同率のトービン税を課税することができれば、どの国や地域を経由した金融取引や通貨取引に対しても同率のトービン税が課されることによって、資金移動に歪みをもたらすことはない。

しかしながら、実際には、税金を免除することによって金融機関を誘致する国(ルクセンブルクなど)や地域(ケイマン諸島など)、いわゆるタックス・ヘイブン(租税回避地)が存在している。このような租税回避地が存在するなか、一部の国だけで金融取引や通貨取引に対してトービン税を課すと、資金は、これらのタックス・ヘイブンを経由することになり、資金移動に歪みが発生することになる。

より具体的に言えば、トービン税を課した国の金融機関や金融市場や取引所における金融取引や通貨取引の取引費用が高まり、それが相対的に非効率的かつ不利となることから、それらの国々から金融機関や金融市場や取引所が撤退して、タックス・ヘイブンへ移ってしまうことになる。

そのようなことが起こることが十分に予想されるなか、どの国の金融監督当局が率先して、トービン税を導入するのかという疑問が起こる。タックス・ヘイブン(タックス・ヘイブンがトービン税を課することは定義上、矛盾しているものの)も含めて、すべての国・地域がトービン税を導入するのであれば、各国政府はそれぞれにトービン税を導入することも考えるであろうが、そのような協調が取られるのは困難であると言われている。

 

トービン税を回避するための「いたちごっこ」とは

ゲーム理論においては、このような状況は「協調の失敗」と呼ばれる。このことが、まさしくガイトナー財務長官が発言した「他国がわれわれと一緒に動かなければ、英国は動かないであろう」ということである。

トービンが指摘したもう一つの問題点は、金融監督当局がトービン税の課税対象となる金融取引や通貨取引を決めても、トービン税を回避するためにその対象外の金融取引や通貨取引、さらには、他の代替的な金融商品取引が開発されてしまうということである。そうなれば、金融監督当局はそれを追いかけて、さらに課税対象を広げるというような「いたちごっこ」が始まってしまう。このような「いたちごっこ」は、金融監督の仕事を増やしたいという金融監督当局(そのような金融監督当局はないと信じるが)にはよろしいかもしれないが、経済は確実に非効率的になっていく。悪いことに、経済が非効率化したとしても、トービン税の税収は確保できないということになりかねない。

何らかの規制や課税をしても、経済になんら影響せず、無駄だったというだけであれば、(日本の現政権の「事業仕分け」の対象となるかもしれないが)経済学的にはまだ許せるかもしれない。しかし、トービン税の場合には、期待した効果が上がらないにもかかわらず、資金移動の歪みを生じさせるとか、経済を非効率化させるとか、デメリットのほうが大きいことから、問題点が多い。このように、トービン税が問題の多い課税であることは、この37年間に議論されてきたところではあるが、そのことを再認識する必要があろう。

(平良 徹=図版作成 AP Images=写真)