根津美術館 館長
根津公一さん

1950年生まれ。99年より東武百貨店代表取締役社長、2015年より名誉会長。00年より東京・南青山の根津美術館館長。1941年開館の根津美術館は09年、隈研吾設計により新創。祖父で東武鉄道社長だった初代根津嘉一郎が蒐集した国宝7、重要文化財87を含む7420点の日本・東洋の古美術を収蔵。
 

十数年前、世界的に有名なヨーロッパの近現代美術館の館長と一緒に食事をする機会があり、「どんな美術が好きですか」と聞かれました。私は日本と東洋美術が専門ですから、「私は現代美術を勉強したことがないので答えられない」と言った。すると彼は「どんな人であっても、美術を鑑賞する資格は平等に持っています。例えばこの壁の絵を見て、好きですか、嫌いですか。好きならば、どこが好きですか。自分の感覚に従えばいいのですよ」とおっしゃられた。

感銘を受けました。何かを嗜むには、勉強してから入るよりも、好きなものから入ってもっと好きになれば、次第に知識と教養は深まります。それは料理にも通じますね。他人の評価よりも、自分が食べて、美味しいか美味しくないか、その店を好きか嫌いか。好きな店にはまればいい。

私が好きなお店は、オーナーやシェフの人柄が温かくて、雰囲気がいい店。「イルブリオ」は王道的なイタリアンでありながら、創作的な料理が素晴らしい。前菜とデザートは十数種類もワゴンに並べて持ってきてくれて見て選べるし、パスタやメーンはいろいろな食材を持ってきてくれて、「今日はこれを仕入れたので、こう料理しませんか」と提案してくれる。私はシェフが前の前の店にいるときからの追っかけでね。彼は私の好みを全部わかっているし、楽しいし、飽きないんですね。

「津やま」は家庭的な雰囲気で、すごく好き。家内や友人と一緒に月に一度は行きますよ。お皿やお椀も凝っていて、盛りつけが美しい。私は幼少の頃から盛りつけやお皿が気になって、料理が出てくると母に、「この料理はこのお皿に合わないよ。あのお皿に入れて」と言っていた。姉3人、弟1人の5人姉弟のなかで、そんなことを言うのは僕だけだったそうです。

津やまの料理は出汁が美味しいですね。僕が思うに料理というものは、その土地土地の水や空気と関係している。京都に行けば京都の料理が一番美味しいと思う。大阪に行けば大阪の料理が美味しいと思う。だからといって京都が東京よりも上かといえば、そうじゃない。いや、以前は僕もそう思っていたけど、違った。東京で食べるなら、東京の水で出汁を取った東京の料理が一番美味しい。津やまはそう教えてくれた店です。

美術も同じ。土地に結びついて育まれた美術は、その土地で見るとより深く感じられる。ぜひ旅先で美術館に寄ってください。