わかりやすくできるだけシンプルに

人事や総務の経験が長かったので、人に話をするときに、どう話せばうまく伝わるか、ずいぶん鍛えられました。30代の頃に留学した米・ハーバードビジネススクールでは「マネジメントコミュニケーション」という授業があり、一部の社員を解雇する一方で、残った社員には頑張ってもらう、その両方を同時に満たすスピーチ文を書かされたこともあります。そうした経験から、従業員などへの話し方には、ずっと意識して取り組んできました。

新日鉄住金社長 進藤孝生氏

最も大事なことは、内容と熱意です。相手が「聞きたい」内容を、熱意をもって伝える。留学先では下手な英語でも、聞くに値する内容で、熱意があれば、皆最後まで真面目に聞いてくれると、身をもって体験しました。

相手が「聞きたい」内容にするのに必要なのは、わかりやすさです。私は普段、どんなに難しい内容でも、できるだけシンプルに話すようにしています。新日鉄住金には2万5000人もの従業員がおり、技術者もいれば事務方、現場の第一線で働いている人、最先端の研究をしている人もいます。多様な人が集う組織では、誰にでも通じるように話すことが大切になります。

そのうえで、私が重視しているのが、パーソナル(Personal)、パースエイシブ(Persuasive)、プロボカティブ(Provocative)という3つの「P」です。スピーチを考えるときは、この3つを満たしているかを常に確認しています。

1つ目のパーソナルは「個人的」、つまり、自分の言葉で語っているか。他人の言葉を借りて、どんなに上手に話しても、こちらの思いは伝わりません。私自身がどう考えているのかを、私自身の言葉で伝えることが大事なのです。会社では、入社式や年頭所感、OB会など、スピーチをする場面が数多くあります。そのたびに自分で話す内容を考え、そこに自分の体験や考え方などを必ず交えるようにしています。

私が気に入っていて、よく話す言葉が2つあります。1つは「オナー・イズ・イコール(Honor is equal)」。高校・大学時代に打ち込んでいたラグビーにまつわる言葉で、「それぞれの役割は違っていても、各人が受ける名誉は等しい」という意味です。チームワークの神髄を表す言葉であり、会社組織においても大切な価値観だと思います。もう1つは、慶應義塾長であった小泉信三先生の「練習は不可能を可能にす」という言葉です。「練習」の部分を「技術」などの言葉に変えて話します。