忍耐力や自制心が子供の将来を変える

子供が成人しても無職のままだったら――。3年前、総務省は35~44歳の男女のうち「未婚のまま親と同居する人口」が295万人にのぼり、当該年齢帯の6人に1人に相当すると発表した。彼らは低学歴に限られるわけではない。近年、大卒者と高卒者の賃金格差は縮小しているが、その一方で「大卒者間」の賃金格差が拡大している(図1)。子供の将来を左右するのは、学歴だけではなく、いわゆる「生きる力」だ。これを養うにはどうすればいいのか。

慶應義塾大学准教授の中室牧子氏は「『非認知能力』を伸ばすことが鍵になる」と話す。「学力テストやIQなどで計測できる能力は『認知能力』。それに対し、『忍耐力』『自制心』『社会性』といった人間の資質や性格的な特徴を一般に『非認知能力』と呼びます。近年、心理学の手法を用いて、非認知能力を数値化し、その非認知能力が子供の将来の成功にどのような影響を与えるのかという研究が進んできました。その結果、幼児期に培われた非認知能力は、子供の将来の成功に大きな影響を及ぼすことがわかったのです」

その実証例がシカゴ大学のヘックマン教授らの研究だ。ヘックマン教授らは、1960年代から開始され、現在も追跡調査が行われている米ミシガン州の「ペリー幼稚園プログラム」に注目した。これは3~4歳の子供たちに「質の高い就学前教育」を提供する実験で、追跡調査の結果、入園資格のある子供のうち、入園できた子供はできなかった子供に比べて、19歳時点での高校卒業率、27歳時点での持ち家率、40歳時点での所得などが軒並み高くなっていることがわかった(図2)。

ただし「ペリー幼稚園プログラム」のデータを用いた一連の研究では、認知能力、非認知能力、そして親のかかわりという3つが厳密には切り分けられていなかった。現在、シカゴ大学のジョン・リスト教授らが新しい調査に取り組んでいる。これはシカゴの貧困地域に住む就学前の子供をランダムに4つのグループへ振り分けた追跡調査だ。リスト教授らが新しく作った「認知能力」を重視した教育課程の幼稚園、「非認知能力」を重視した幼稚園、幼稚園には通わないが保護者が「保護者のための学校(Parenting Academy)」に参加し、子供の発達度合いに応じて年間最大7000ドルを受け取れるグループ、そしてそのいずれの対象にもならないグループの4つである。

「これまでの研究では、就学前の教育が重要だということはわかっていても、『何をすればよいのか』ということについての答えが十分に示されているわけではありませんでした。この調査が進めば、幼児教育へのより効果的な投資のあり方が明らかになるでしょう。報道などを通じてリスト教授の最近の発言を見ると、非認知能力を重視した教育課程の子供たちの発達が顕著なようです」(中室氏)