悪しき平等主義が「転売屋」を有利に
一方、たまたま当選したチケットが最前列などの「プラチナシート」だった場合、二次流通で高値取引されることもあるだろう。私は不正に入手したものでないならば、高額転売は容認すべきだと考えている。価値のあるものに相応の値段が反映されるのは、市場原理として自然だからだ。問題は、その利益がアーティストやファンではなく、悪質な「転売屋」に流れてしまうことだ。
ひとつのやり方として、「オークション」がある。昨年11月に宮城県石巻市で行われたX JAPANのチャリティー・ライブでは、最高で120万円の価格がついたという。このときの売上はすべて震災復興のために寄付されたが、それだけの価値があったともいえる。
価格を無視した需給調整は難しい。「チケットぴあ」や携帯向け電子チケットサービスを提供する「チケットボード」では、すでに定価に限定したチケットの二次流通を行っている。しかし定価限定では「安ければ買いたい」というファンの希望はかなわない。また本来の価値を知っている持ち主は、定価で譲ってしまえば事実上の「損」となるため、積極的に譲ろうとはしない。このためあまり拡がっていない。
「転売屋」を締め出すため、「顔認証システム」を採用する公演も増えている。購入者の顔写真を事前登録させ、入場時にカメラの画像認識で本人確認を行う。これは熱心なファンだけにきてほしい、という意向があるなら効果的な方法だろう。
しかし複雑な仕組みは、門戸を狭め、結果的にファンを減らす。顔写真を登録するため、数カ月前からの予約が必要で、購入のキャンセルや座席の譲渡はできない。さらに認証の費用は「システム利用料」などの名目でチケット代などに上乗せされてしまう。数万人規模の公演には不向きなシステムだ。ライブ体験の向上にはまったく寄与しないシステムのために、音楽業界全体が負担を強いられることになっている。
またチケットの入手機会が不透明で複雑なことも、「転売屋」がなくならない原因になっている。日本のエンターテインメント業界では、チケット価格の値上げを避けながら、実質的な販売価格を引き上げるために、「ファンクラブ会員先行」や「商品購入者限定」といった方法を取るケースが少なくない。購入方法が複雑になればなるほど、悪質な業者は情報をたくみに集めて、効率よくチケットを買い占めてしまう。そうなれば熱心にウォッチしていないライトなファンは、「転売屋」の高額なチケットを買うしかない。
米国の知人に「日本のファンクラブには高額な会費が必要だ」と話したところ、とても驚かれた。米国のファンクラブは、興味のある人をどんどん集めて、ライブ予定などの情報を提供する開かれた場所だからだ。閉鎖的な会員組織を通じてチケットを少しずつ捌いていく日本のシステムは、実は「転売屋」にとても有利だ。入手機会をできるだけ平等にして、主催者が本来の価値に応じた価格設定を行えば、転売で利益をかすめ取るのは難しくなる。
10万円を超えるような高額転売の事例は決して多くない。どれだけ人気のあるアーティストでも、数万人規模の公演となれば「定価割れ」の座席が出る。悪しき平等主義はアーティストとファンの双方に不利益をもたらす。二次流通市場が正しく機能すれば、1人でも多くのファンをライブ会場に集められるはずだ。
音楽ソフトの市場規模は1998年をピークに約6000億円から約3000億円へと半減してしまった。このため音楽業界ではライブ活動がビジネスの主戦場になりつつある。ライブの質を高め、動員を増やすことが、音楽業界の未来をつくることになる。「転売NO」では、誰も得をしないはずだ。
※1:賛同団体は次の4団体。一般社団法人 日本音楽制作者連盟(FMPJ)、一般社団法人 日本音楽事業者協会(JAME)、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会(ACPC)、コンピュータ・チケッティング協議会 https://www.tenbai-no.jp/
※2:チケットの売買サイト「StubHub(スタブハブ)」は、野球(MLB)、バスケットボール(NBA)、アメフト(NFL)、アイスホッケー(NHL)で公認済み。音楽イベントでもこの数年で急速に公認・容認が進んでいる。 http://www.stubhub.com/