人類は虫を食べて命をつないできた

ふ化寸前の(つまり生まれる前のヒヨコが入った)鶏卵を蒸した毛蛋(マオタン)など、ほかにもチャレンジ心がうずく珍品が目白押し。カンボジアでクモやコオロギ、ゲンゴロウなどを食べたというくだりなど、あるいはうーむと宙を仰ぐかもしれないが、そこは想像力を働かせるべきだろう。たとえば丸一日の絶食を経た眼前に、ビールとカラリ揚げたてのゲンゴロウが出てきたら食わずにいられるだろうか、と。醤油をちょっと垂らした様など思い描いたら、あっさり生唾がわいてきたりして。

じっさい人類の食の歴史にあって、虫の存在はきわめて大きい。400万年前の糞石(ウンコの化石)から豊富に見つかったのはアリにコオロギ、イナゴやバッタ、ときにはゴキブリ。樹上生活に見切りをつけたばかりの「新参者」が地上で生き残るためには贅沢を言っていられなかったに違いないが、実はこれが正解だった。なぜなら虫の体の約40%はタンパク質であり、牛肉(同18%)などよりよほど効率のいいタンパク源だからだ。おまけにビタミンも豊富だというから、もしかすると今に至る人類の繁栄はおとなしく食べられてくれた虫たちのおかげかもしれない。

醸造学、発酵学の第一人者で「食の冒険家」としても名高い小泉武夫氏が、東京農業大学で行った最後の講義を再構成した本。人類が培ってきた食をめぐる知と技術がいかに分厚い文化であるかを(そして今、それが直面している危機についても)説く。文字通り学生に語りかけるような調子だから、親しみやすくわかりやすい。何より話の中身がおもしろいから退屈しない。こんな講義を受けられた学生たちの、なんと幸福であることか。

ウン十年前の学生たちにも、最後に小さな幸せを届けよう。

「たとえばみなさん、スーパーに行ってイチゴでもリンゴでも買ってきて、すり潰して置いていたらお酒になります。空気中には酵母がいっぱいありますから。ただ、これは密造酒を作ることになりますから、実際にやってはいけません」……。

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