トルコは難民流入の防波堤になっている

エルドアン大統領はコントロールしにくいリーダーだが、サダム・フセインのように倒すべき敵としてアメリカは見ていない。対話の成り立つ相手だと思っているから、そこまで仕掛けることはしないと私は思う。トルコはNATOのメンバーであり、IS(イスラム国)掃討を目指す有志連合の一員でもある。アメリカはトルコの基地を使わせてもらっている。エルドアン大統領が国内のクルド人やギュレン派を迫害して民主主義に逆行する政策を取っても、決定的な対立は避けたいのだ。

難民問題を抱えるEUとしても、トルコの存在は非常に重要だ。隣国シリアで内戦が始まって以来、トルコはシリア難民の最大の受け入れ先になっていて、現状でも200万人以上のシリア難民を受け入れている。イラクやアフガニスタンの難民を含めると300万人以上で、それがトルコ経済を疲弊させる大きな原因になっているのだ。EUは60万~70万人の難民で角突き合わせているわけで、もしトルコが“イラク化”したら地続きのギリシャやブルガリアに一気に難民がなだれ込んでくる。もちろんISもトルコ中に霜降り肉みたいに群雄割拠することになるだろう。トルコが乱れれば中近東のすべての悩みがヨーロッパを直撃するのだ。今、ヨーロッパではエルドアン大統領の多少の独裁は仕方がない、目をつぶろうという考え方が強い。確かにサダム・フセインは独裁者だったが、排除したらイラクは分裂して宗教対立が先鋭化したうえにISの温床になってしまった。ヨーロッパではこれが強烈な教訓になっている。トルコをイラクのようにするわけにはいかない。エルドアン大統領には元気でいてもらわないと困るのだ。

今回のクーデター未遂をきっかけに、エルドアン大統領は強権化を正当化して独裁に拍車をかけるだろう。しかし強権化、イスラム化を進めるほど、世俗主義の拠点でもある軍との対立は深まり、トルコの政情は不安定化する。エルドアン大統領はEU加盟のために04年に廃止した死刑制度を復活させると息巻いている。ヨーロッパから見れば、トルコはEU加盟を餌に難題をふっかける遊び相手だった。だが難民問題が内政上最大の課題となっているヨーロッパ諸国は独裁者エルドアン大統領がその防波堤になっていることを認識しているので、トルコとの対立に強い恐怖を感じている。アメリカがまたも中途半端な介入をしたのか、エルドアン大統領が権力強化のために危ない火遊びをしたのか、いや、彼こそが被害者でかろうじて窮地を脱したのか、真相は深い藪の中だ。

(小川 剛=構成 AFLO=写真)
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