「80点のクルマ」で本当に満足できるのか
次にクルマを鍛えるには、それを作る人を鍛えなくてはならない。そこで2015年、トヨタは「凄腕技能養成部」という新部署を作り、ニュルブルクリンク24時間耐久レースに参加する若手メカニックの人材育成の場として明確に位置づけた。
各部署から集められた技術部の社員は、クルマのホワイトボディ(何も取り付けられていない車体)を一台のレース仕様車へと組み上げるところから仕事を始める。2016年、2年目のレース参戦となる木村彰馬は、この研修への参加で「クルマの見方が大きく変わった」と語る一人だ。
7年前に入社し、現在27歳の彼は、車両技術開発部でブレーキの先行開発を担当していた。現在のクルマは電子制御の塊であり、一台のクルマを一から作り上げる経験を得る機会はほとんどないという。ゆえに組み上げたレクサスRCが初めて走るのを見たときは、「ちゃんと転がった」という素朴な感動があった。
「以前は社内で自分たちの領域のデータを取り、その数値が満足していれば良い、という気持ちが自分の中にもありました。でも、レースの現場では数値が良くても、ドライバーに怖いと言われればそれまで。クルマをトータルで見る目が養われていったのを感じています」
木村のような若手メカニックを統括するのは、成瀬の弟子でもある社内のトップテストドライバーたちである。RCのチーフメカニックを務める高木実は、こうした経験がもとの部署に戻った時、大きな意味を持つはずだと指摘する。
「いまの自動車会社では、数万点の部品がどう取り付けられ、どう開発されているかをトータルに理解している技術者は少ない。ここで仲間と協力して一台のレースカーを作ることで、自分の工程がその隣の工程、さらには後ろの工程などにどんな影響を与えているのかを肌で感じるわけです。彼らはニュルでのレースを戦うことを通して、クルマづくりの本来の姿を体験していくんです」
また、C-HRで同じくチーフメカニックを担当する大阪晃弘は、成瀬が口癖のように語っていた言葉を引いて次のようにも語った。
「いまは数値の上で80点のクルマを作ることは簡単です。しかし、それゆえにクルマに特徴を持たせるには、人間の感性をいかに商品に結び付けるかが勝負になる。レースでは何かが壊れても、『お金を出して買ってくればいい』というわけにはいきません。『人の能力は無限大だ』と成瀬さんは言っていた。人間の感性でどう工夫するか。レースはその精神を受け継ぐ現場になっています」