販売形態も代金回収方法(回収率95%)もユニークだが、オフィスグリコには常識を裏切るアイデアが満載されている。

「オフィスグリコ」では他社製品も提供。1番人気は「フレンドベーカリー」、2番は「ビスコ」。売れ筋の「ポッキー」「プリッツ」は売れない。オフィスでは一口で頬張れるお菓子が好まれる。すべて100円だ。
「オフィスグリコ」では他社製品も提供。1番人気は「フレンドベーカリー」、2番は「ビスコ」。売れ筋の「ポッキー」「プリッツ」は売れない。オフィスでは一口で頬張れるお菓子が好まれる。すべて100円だ。

第一は、見た目だ。ボックスは、高さ40センチのB4サイズ。グレーと紫の中間色で、3段の引き出しがついた文具整理箱だ。真っ赤なロゴが鮮やかなグリコのトレードマークとはかけ離れた、なんとも地味なイメージである。

「男社会のオフィスでは、基本、『さぼってる』のが菓子。菓子を肯定してもらおうと思ったら、目立ってはいけないんです」

補充方法も面白い。販売員が週1回訪問して商品補充と代金回収を行う際、売れたものだけ補充するのではなく、アイテムを入れ替えてしまう。背景には、手痛い失敗の経験がある。グリコはかつてジョイモアという菓子の自動販売機を開発したが、成績は振るわなかった。清涼飲料の自販機の場合、生理的な必要に迫られた消費が主。嗜好品である菓子は、そうではないのだ。

「チョコの次はせんべいが食べたいというのが菓子。同じものを続けては食べてくれません」

買いにくる人の顔ぶれがどんどん入れ替わる場所でしか、菓子の自販機は成り立たない。そしてオフィスは、買う人の顔ぶれがまったく変わらない場所の代表である。では、どうするか? 相川は定番商品を定期的に入れ替えることで、消費意欲の持続を図るという大胆な戦略を採用した。

「人が動かないなら商品のほうを動かせ、ということですわ」

思いがけない発見もあった。蓋を開けてみたら、利用者の多くが男性だったのだ。ユーザーである三冷社(大阪市西区)の嶋田芳和(59歳)は言う。

「われわれの年代は家に菓子があれば食べますが、自分で買うことはまずない。会社を出てわざわざ買いにいくのは面倒だし、菓子を買うのはちょっと恥ずかしいという気持ちもあります」

三冷社でも利用者の大半は男性。夕方、小腹が空いたときに買う人が多い。部門長の嶋田が利用するのは、専ら会議の前。500円分ほど買って会議の席でふるまうと、場が和むという。相川が言う。

「女性の利用頻度は予想より低かった。お菓子に関心が高いので、選び方が細かいんです。女性だけの職場も売れません。男女がいる職場のほうが売れます。菓子は男女の会話の潤滑剤の役割を果たすんですね」

売れ筋商品にも特色がある。人気が高いのが、「ビスコ」。昔食べたことのある中高年の男性が懐かしがって買う。中高年の男性がコンビニのレジに並んでビスコを買う姿はちょっと想像しにくいが、オフィスならアリだ。

「ビルを眺めていると、全部お客さんに思えてしゃあないんです」

売上高35億円とまだまだ規模は小さいが、“店には買いにいかない人々”という未開拓のマーケットが、日本全国のビルの中にごまんと眠っている。(文中敬称略)

※「置き菓子」はグリコの登録商標

(小林禎弘、熊谷武二=撮影)