「人間はどこまで贅沢をしても幸福感は高まらない」
前回「富裕層になれない人の9割は、『楽観バイアス』人生」(http://president.jp/articles/-/18216)は、人間は事故、大病、離婚、社会的なトラブル、失業、事業の失敗、介護問題など他の人に必然的に起こることであっても、「自分だけは無関係だ」と信じてしまいがちな思考である「楽観バイアス」の話をしました。
たいていの人の、ファイナンシャル・プラン(人生のお金のやりくり計画)は、非現実的な楽観主義に支配され、計画錯誤に陥ってしまうケースが多くみられます。
これは、時間や予算など計画完遂に必要な資源を常に過小評価し、遂行の容易さを過大評価する傾向がある人が多いことを意味します。いわば人間の思考の非合理性ゆえに生じてしまう「予測エラー」、それが計画錯誤です。
実際、この計画錯誤に陥るため、60歳以上の高齢者世帯で家計にゆとりがあり全く心配なく暮らしている人は18%しかいないというお話も前回しました。
今回は、「人間はどこまで贅沢をしても幸福感は長続きしないから形成された財産は贅沢ではなく計画錯誤の補完のために使ったほうがいいよ」というお話をさせていただきます。
人間の欲望と幸福感の関係については「ヘドニックトレッドミル」という現象が知られています。
日本語に訳すとすれば、「快楽のランニングマシン」くらいの意味でしょうか。これは欲しい物を手に入れて一時的に幸福感が高まったとしても、その幸福感にすぐ慣れてしまい、時間がたつと元の幸福レベルに戻ってしまうことを言います。ランニングマシン(トレッドミル)でどれだけ走っていっても元の場所に留まっていて、目的地である幸福には到達しないことになぞらえてこう呼ばれています。
1978年にノースウエスタン大学の社会心理学者フィリップ・ブリックマンが行った宝くじの高額当選者の調査では、当選直後に幸福度が上がった人たちは、1年後の調査では「宝くじに当たっても幸福度は全体として変わっていない」と答えています。
僕らは人間の適応能力を過小評価して、お金が幸福に与えるインパクトを過大評価しがちですが、お金がたくさん入るというのは必ずしもそんなにいいものではないということです。また、お金によって与えられる喜びというのは、案外長続きしないということです。