本の装丁を始めてから30年が経ちました。装丁の仕事では、ノンフィクションや実用書、エッセイなど、依頼に応じて様々な内容の本を手がけます。ただ、どのようなジャンルであっても装丁の根拠は本の内容にある。私はそう考えています。ですから、装丁を手がける本の原稿がなければ始まりません。他の仕事とやりくりしながら1カ月くらいのうちに原稿を読み込み、そこにある「個性」を探り、それをいかにまっすぐ伝えられるかを考えます。

デザインした人 デザイナー 鈴木成一

『あの日』の場合は、小保方晴子さん本人による切実な手記、ということが本のすべてでした。人は「小保方晴子」という名前を見ただけで、一連の「STAP騒動」を頭の中に思い描く。そのため、『あの日』という本のタイトルがついてはいるものの、「小保方晴子」という著者名をいかにまっすぐ見せるかが最も重要でした。余計なことをすれば本の性格がぼやけてしまう。そう思い、真っ白なカバーの真ん中に『あの日』というタイトル、そして「小保方晴子」という著者名をただ一列に並べています。

一般的に著者名はタイトルの添え物のように扱われることがほとんどです。けれども、『あの日』ではタイトル文字と同じくらいの大きさで著者名を入れました。タイトル文字を灰色にしたのは、ぼんやりとした「あの日」の記憶を鮮明にするという内容を表現するためです。

カバーから帯を取れば、真っ白な空間の真っ白い紙に文字列の黒、それを薄めた灰色――装丁には、ほとんど白と黒しか使っていません。真ん中にただ2つの文字列がポツンと置かれているだけになります。

こうして極限まで余分なものを排除し、タイトルと著者名の周りに白い「間」をつくりました。この「間」が、書店を訪れた人の目を引くフックとなります。書店には多くの本が並べられていますが、白い「間」のおかげで、訪れた人は一緒に並べられた他の本と『あの日』との間に明確な距離を感じるはずです。結果、タイトルや著者名が目に飛び込んでくるのです。