科学の根底には、人をワクワクさせる未知への好奇心がある。「研究者が抱くそのワクワクを、わかりやすく読者に伝えたい」。それが科学記者としての己が使命だと著者はいう。だが、昨年のSTAP細胞の一件は、勝手が違った。

須田桃子(すだ・ももこ)
1975年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了(物理学専攻)。2001年毎日新聞社入社。水戸支局を経て06年より東京本社科学環境部記者。生殖補助医療・生命科学やノーベル賞などを担当。共著に『迫るアジア どうする日本の研究者』『素顔の山中伸哉』ほか。

「渦中にあった理化学研究所の笹井芳樹氏(故人)も、山梨大学の若山照彦氏も、取材を通じて交流があり、その人柄はよく知っていました」

STAP細胞事件では、それら敬愛する研究者を追及する立場になった。「つらい日々でした」と著者はふり返る。

本書は、昨年1月28日の理研ユニットリーダー(当時)小保方晴子氏らの記者会見以来、著者が追い続けてきた同事件の経緯をまとめ上げたものだ。生命科学の最先端での出来事、しかも事態の展開の速さゆえ、門外漢にはなかなか捉え切れなかったその全容を、本書で知ることができる。

著者は毎日新聞の記者。東京本社科学環境部で、生命科学や再生医療に関する取材を多く手がけてきた。大学時代は宇宙物理学を専攻し、一時は研究者の道を志してもいる。それだけに、「この事件をとても残念に思う」という。

「生命科学の分野では第一級の研究者がSTAP細胞論文の共著者として名を連ねています。なのに、なぜ論文の捏造が見抜けなかったのか」

疑惑が浮上してから、異様なほどに論文を擁護した理研の対応も不可解だった。

「科学者は変人も多いけれど、自身の研究に対しては真摯で誠実な人たち。そう思っていましたから、一連の不祥事は正直、いまだに信じがたいところがあります」

科学の寵児から疑惑の人へと急転した小保方氏。実際に対面した昨年4月の釈明会見では、「研究者として未熟で、誠実さに欠ける人としか映らなかった」と著者はいう。

現段階で、STAP細胞は「存在しなかった」ことがほぼ確定している。しかし、これを結末として「この事件の幕引きにしてはいけない」と著者は警鐘を鳴らす。

「直接的には、論文捏造が起こりえたことが問題です。しかし、背景には基礎研究より応用研究を偏重する傾向や、研究予算の配分、研究者の育成など、様々な問題が介在しています」

それをどう是正するかは、科学界のみならず、科学大国といわれる日本の将来とも関わってくる課題なのだ。

(永井 浩=撮影)
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