経済事件を追うベテランの記者や企業の広報担当で、手に取ったことのない者はまずいない。しかし一般にはほとんど知られていなかった会員制情報誌「現代産業情報」。月2回発行の同誌の主宰者で、一昨年4月に71歳で没した石原俊介氏が本書の主人公である。

伊藤博敏(いとう・ひろとし)
1955年、福岡県生まれ。東洋大学文学部哲学科卒業。業界紙、編集プロダクションを経て、ジャーナリストとして独立する。主に経済事件を多く手掛け、月刊誌・週刊誌に寄稿している。著書に『許永中「追跡15年」全データ』『鳩山一族 誰も書かなかったその内幕』ほか多数。

「この世界に入ったのはバブル期前。表の世界と裏の世界の境界が曖昧なグレーゾーンが広くて、面白い時代でした」と振り返る著者の伊藤氏は、経済事件を得意とするジャーナリスト。20年前、消費者金融大手・武富士を巡る取材を通じて知り合った石原氏は「小柄だが眼は人を見透かすように鋭く、威圧感があった。ありとあらゆる活字を読み込む知識欲が凄かった」。

中卒後、共産党に入党し旧ソ連へ留学。右翼団体と一時同居した後、東京・兜町に事務所を開く。表と裏、左から右まで幅広い人脈を誇り、暴力団・右翼・総会屋らの裏情報に精通。夜の銀座で捜査員や暴力団幹部、企業の担当者や記者らと「少人数でじっくりと膝を突き合わせる」(同)同氏は、日本の底を流れる情報の“交差点”だった。

本書では平和相銀事件、リクルート事件、イトマン事件、東京佐川急便事件等々、バブル期前後の1980~90年代の大きな経済事件に誰よりも深く切り込んだ石原氏の挿話が語られる。当時、総会屋系も含めて情報誌は大量に発行されていたが、その中でも的確な読みと発信力で捜査機関やメディア、大企業に頼られたこの硬骨漢を、著者は「裏社会の水先案内人」と表現する。

バブル崩壊後、商法改正やネットの普及で情報誌は相次いで姿を消し、最後まで残った「産業情報」も、生涯現役を通した石原氏の死去とともにその幕を下ろす。最終号には、同誌の執筆者の常連だった著者が冒頭に一文を寄せた。「対面取材で得る情報が一番強い。ネットの情報に頼ると、人が行間や裏を読む力が疎かになってしまう。今は表と裏とがはっきり分かれ、暴力団もほんとに食えない時代になった。準構成員も含めて全国で約2万5700人とされる山口組でも、先日会った某組長は『実際に活動しているのは5000人程度。クスリと振り込め詐欺しかやってない』と言っていました」

平成日本の裏面で一時代を画した情報のプロ。その知られざる軌跡を形にした本書の存在意義は小さくない。

(永井 浩=撮影)
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