部下に深々と頭を下げて「ご苦労さまでした」

「人間の中には、やるべきことがあったら何としても実現しようとする自分と、己を守ろうとする自分の二面があり、どこで妥協するかで、その人の人生が決まる。私の場合、自分で自分に妥協することができない」と鈴木氏は語っている。それが、鈴木敏文という人間だ。鈴木氏は「目の前の道に木が倒れていて、他の人はよけて通ったり、見て見ぬふりをしていても、自分はそれをどけないと気がすまない。自分でも損な性分だと思うが、それが自分だから仕方ない」とも語っている。今回、自分が辞任することになる可能性があることがわかっていながら、社長退任案を取締役会に諮った鈴木氏の行動は、自分の信念に従ったという意味で、きわめて鈴木氏らしかったと感じる。

いろいろ異論もあるだろうが、以上が「本人以上に本人を知る」人間としての所感である。なお、私は井阪社長とも、商品本部長時代から何度も会い、その実績も、人柄もよく知っているつもりだ。この所感は、あくまでも鈴木氏の判断と行動についてのものであり、井阪氏の経営者としての実力や適性について語ることを目的としたものではないことを付記しておく。

最後に1つのエピソードを紹介しておきたい。鈴木氏は仕事に対する厳しさで知られる。自身が常日頃から言っていることを実行できなかった社員を、きつく叱責するのは珍しくない。報告で質問に答えられなければ、それ以上の発言を認めないこともたびたびある。その厳しさから辞めていく社員もいる。

退職を決めた社員が最後の挨拶に行ったときのことだ。鈴木氏は椅子からすくっと立ち上がり、本人の前に進み出ると、腰を折るように深々と頭を下げたまま、こういって部下を送り出した。

「これまで本当にご苦労さまでした」

その姿に社員は初めてこの経営者の真意を知り、「偉大さ」に気づいたという。厳しく叱責を受けたかどうかは別として、社内にはこの経営者の本質に気づかない人たちもいるだろう。それを含めて、鈴木氏が「不徳の致すところ」と語ったとすれば、その言葉の意味は深い。

(ロイター/AFLO=写真)
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