人生の収支計算で割に合わない起業

東大法学部を1986年に卒業し、大手損害保険会社で管理部の次長を務めている浅田健さん(仮名)は、在学中の周囲の雰囲気を振り返りながら次のように語ってくれた。

「当時、法学部では官僚になって国を動かしたいと考えている人間が少なからずいました。その一方で、起業しようと考えて東大に入ったという人間に出会ったことはありません。早慶や他大学から成功した起業家が輩出されているとしたら、それは第1志望であった東大に行けず、入社した企業でもどこまで出世できるか先が見え、起業で見返してやろうという気持ちが働いていたのではないでしょうか」

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浅田さんと同期で経済学部を卒業し、大手化学メーカーで経営企画部長の職にある戸塚利幸さん(仮名)も語る。

「東大というブランドがあれば、どの業界でもトップ企業に就職するのに有利です。人並み以上の給与をもらえて、潰れる心配のない企業に入れるのに、わざわざ“千三つ”といわれるような高いリスクを払ってまで、起業を選択することはまず考えられません。人生の収支計算を考えても、東大卒での起業は到底割に合わないでしょう」

たとえ官僚の道に進まなくても、民間企業における東大卒というプライオリティは行使すべしというのが、浅田さん、戸塚さんに共通した考えのようである。また、2人の次の話を聞いていると、東大卒の人間は組織にいてこそ自分の力を発揮でき、自ら率先して新しい境地を切り開くことを苦手にしていることがわかる。

「子どもの頃からテストの意図を理解して、すぐに正解を導き出せました。その能力は社会人になっても生きていて、組織が求めることが何かを瞬時に理解し、それに応える能力に長けています。そういった順応力をフルに生かすにはやはり組織にいるのがベストなのではないでしょうか」(浅田さん)

「東大で学んだことは理屈でしかなかった。しかし、理屈だけでは人は動かせません。だから、大勢の人を巻き込んで、新しいレールを敷く起業には向いていないのです。最初からレールの敷いてある企業で、東大の“プラチナチケット”を使い切るのがベストだと思っています」(戸塚さん)