難民に手を差し伸べる姿勢に批判が出始めた

VWの不正問題はドイツ経済にとっても大打撃だ。韓国でいえばサムスン、日本でいえばトヨタが潰れかけるようなもので、裾野の関連産業への影響は計り知れない。VW株を20%抱えている地元ニーダーザクセン州の経済も直撃を受ける。またVWやドイツ銀行といえば、年金ファンドがポートフォリオに組み込む定番の投資先。年金問題にも波及しそうだ。

ただし、VW問題のドイツ経済へのネガティブな影響はまだ評価されていない。ドイツの失業率はEUでも例外的に低く、実質的に2%を切っていて、人手不足の状況が続いている。そういう意味では、目下、メルケル首相を窮地に追い込んでいるのはVWよりも難民問題である。

15年9月の時点でドイツ政府は年間80万人の難民受け入れを表明した(実際にはすでに100万人を超している)。これはナチス時代の反省や人道的な理由だけではなく、労働力確保という目算もあったはずだ。中東やアフリカ地域から欧州を目指す移民・難民の急増に対して、EUは加盟国の経済規模に応じて受け入れ枠を配分する割り当て制度を検討してきた。9月には強制的に割り振ることが決まったが、どこも聞こえないふりをしている状態で、積極的に難民の受け入れを表明したのはドイツくらいのものだ。

難民の受け入れ体制もドイツは手厚い。食糧や生活必需品のほか、現金も支給される。難民として庇護認定を受けるまでには3カ月程度かかると言われているが、シリア難民ならほぼ認定が得られる。また認定されそうな人は認定期間中からドイツ語教育が受けられる。しっかり教育して労働力に組み込もうという意図が込められているのだ。

今どきの難民はスマホやSNSで情報交換しているから、「ここはもうダメだ」とか「あの国ではひどい目に遭った」といった情報はすぐに伝わる。

「ドイツに行けば幸せが待っている」という情報もまたたく間に拡散、それに導かれるように難民はドイツを目指し、到達したときには「メルケル万歳」と口々に叫ぶ。だが難民が大挙して押し寄せてくるうちに、ドイツ世論の風向きが変わってきた。「80万人の受け入れは無理だ」「なんでドイツばかりが負担しなければいけないのか」と難民政策を批判する声が日増しに強まって、メルケル首相に対する圧倒的な支持が揺らいでいる。

難民に手を差し伸べてこそEUであり、割り当ての範囲でドイツは喜んで難民を引き受ける、というのがメルケル首相の立場だ。牧師の娘であり敬虔なクリスチャン。東ドイツ育ちで、命懸けで西側に脱出する人が周囲にいたから、難民や移民の身の上にシンパシーを感じる部分もあるのだろう。ドイツ国内でそれが鼻につくようになって、「難民に寛大すぎる」とか、「メルケルでは難民支援の公的負担が重すぎる」という批判につながっている。しかし、ヘルムート・コール元首相が今のリーダーだとしても同じことをやったと私は思う。コール元首相は東西ドイツ統一の際に、2つのことを即座に決断した。当時、東ドイツマルクと西ドイツマルクの実勢レートは10倍以上の開きがあったが、これを1対1で交換した(一定以上の貯蓄や住宅ローン、企業負債などの交換比率は2対1)。おかげで東ドイツの人々はいきなり豊かになった。2番目は西ドイツ国民の所得税や法人税に5%のサータックス(付加税)を5年間課税して、統一コストと東ドイツの復興に充てたことだ。

統合後のドイツは東西格差にあまり悩まされることなく、スムーズに成長軌道に乗せることができた。東ドイツにハンディキャップを与えた2つの施策はコール元首相の大英断だったと私は評価している。コール元首相にしても、メルケル首相にしても、人道的で腹が太い。戦後のドイツの指導者の特徴でもある。