それでも、会社の愚痴や上司の悪口、定年後の再雇用で冷遇されている話などは、聞いていても口のはさみようもなく、辛いという。
「喫茶店で話しているわけじゃない。せっかくお金を払って女の子のいる店に来てるのだから、もっと楽しく騒げばいいのにね。まあ、それぞれ人生があるから仕方がないと思うけど……。黙って灰皿を取り換えたりしてます」(一美ママ)
ギャバクラで働いたことのある役者志望のさおりさんが、スナックとキャバクラの会話の違いを説明する。
「こういうスナックやクラブだと、お互いを尊重し合って話をしているところがありますよね。でも場末のキャバクラだと、一番盛り上がるのがエッチな話。会話をしていても、お客さんと働いてる女の子が、お互いを見下している感じがします。お客さんは、女の子をいかにたらし込むかしか考えてないし、女の子もそれを見抜いている。相手にうまく合わせて、ボールを投げ返すだけという感じかな。人生の深い話なんかしません」
客のレベルに合わせて話を上手に転がすことができるキャバ嬢は、会話の聞き上手だけに、「知り合いの社長の投資用マンション販売会社に、キャバクラ勤めをしていた女性社員がいますが、営業成績はトップです。必需品でないものを売ることに対してアプローチが長けている。聞き役に徹して共感するのがうまく、相手をいい気分にさせるスキルが高いのでしょう」という前出の午堂氏の話にもうなずける。
アベノミクス効果なのか、GDPも4四半期連続で上昇し、世の中、何となく、いい方向にいきそうな期待感に覆われているが、現実はそう甘くはない。2008年のリーマンショック後、さらに拍車がかかった平成格差社会。厚生労働省の調べによれば、ホームレスは12年に9200人、ネットカフェ難民が5400人いる。仕事と住居を失った人たちは、どんな会話をしているのだろうか。リストラ、派遣切りにあった人やホームレスの話を聞き集め、『今日、ホームレスになった』などの著書があるルポライターの増田明利氏は、「寒空の下で、どう生き抜くか」が一番の雑談のネタだという。
健康保険のない彼らにとって、寒さ対策に新聞紙を体に巻くといった、まずは病気にならない方法。そして、ボランティアや宗教団体が行う食料の無料配布の日時と場所は欠かせぬ情報だという。細々とした収入にしかならないが、雑誌拾いや空き缶集めの情報も貴重だ。どこに仕切り屋がいるのか。ほかのホームレスの縄張りではないのか。それを知らずにシマを荒らして、殺人事件にまで発展したことがある。増田氏が続ける。
「肉体労働をしていた人たちはわりと固まって生活していて、日常の分担もしっかりやっています。『今週、あなた、缶カラ拾い。あなたは雑誌拾い、俺、この場所、守ってるから』って、実にシステマチックにやっています。山狩り(行政による排除)があるという情報も雑談の中で伝わります」