ソフトに伸長「抗菌」の仕掛け

<strong>川本隆一</strong>●かわもと・りゅういち<br>1952年、愛知県生まれ。76年、早稲田大学理工学部卒業、伊奈製陶(現INAX)入社。半田工場に配属後、開発畑を歩く。2000年取締役、03年常務、06年専務。07年より現職。水温を自動調節する「サーモスタット混合水栓」や電源不要の「自動水栓」など数々のヒット商品を手がけた。
川本隆一●かわもと・りゅういち
1952年、愛知県生まれ。76年、早稲田大学理工学部卒業、伊奈製陶(現INAX)入社。半田工場に配属後、開発畑を歩く。2000年取締役、03年常務、06年専務。07年より現職。水温を自動調節する「サーモスタット混合水栓」や電源不要の「自動水栓」など数々のヒット商品を手がけた。

省エネや環境保全の技術が、よく「日本の得意技」として語られる。後発国の地球温暖化対策を支え、21世紀の新たな市場を切り拓き、国内で雇用を創出する原動力にと、寄せられる期待は大きい。そんななかで、目立たない存在ではあるが、世界から注目されるもう一つの「日本の得意技」がある。抗菌の技術だ。

抗菌とは、菌の増殖を抑えることで、トイレの機器で言えば汚れを減らす。海外では薬品をまいて殺菌するが、日本流はもっとソフトだ。2007年、日本の抗菌の規格が、国際標準化機構にISO規格として承認された。いまや「Kohkin」という言葉が、世界で使われる。実は、この日本の規格づくりの仕掛け人だった。1997年から98年ごろ、40代後半で、住宅やビルの水回りに関する設備商品の開発室長を務めていたときに、働きかけた。

抗菌トイレには93年、陶磁器の釉に抗菌作用のある銀イオンを混ぜて、高温で焼き込む独自技術を開発した。3年後、「まるごと抗菌」をうたった大キャンペーンを展開し、新製品「キラミック」が大ヒットする。ところが、業界最大手の企業が「抗菌とは、何をもって言うのか。強調するほどの効果はあるのか」と疑問を投げてきた。当然、論争が燃え上がる。ただ、考えてみると、抗菌の定義はない。効果を測る基準もない。そこで、社内には「論争などするな」とブレーキをかけ、抗菌剤や抗菌製品を手がけている企業に定義と規格づくりを呼びかけた。

消費者に「安心と安全」を提供するには、それがわかりやすい道だ。だが、それだけではない。開発した新技術に、業界の多くが決める定義でお墨付きがもらえれば、論争など無用となる。戦略上、当然の多数派工作だ。98年、抗菌製品技術協議会が設立された。最大手企業は参加しなかったが、抗菌加工製品の規格ができ、そのマークが付いた製品が世界に出ていく足がかりができる。

社内は驚いた。技術屋がそんな戦略を考え出すとは、予想外だった。でも、伏線はあった。INAXは89年から1年半、米系コンサルタント会社を入れて、経営戦略と組織改革の案を練る。その立案チームに呼ばれた。課長のころで、行くと、各部門から「理屈っぽい」とされる面々が集められている。コンサルタント会社に言い負かされそうにはない顔ぶれに、「なるほど」と頷く。

このとき、全社のことを学び、経営的な視点が身に付いていた。そして、心に決意したことがある。社内に染み込んでいた「二番手企業」に安住する風土の、一掃だ。

入社して以来、上司から「最大手の企業がこういうことをやったのだから、我々もそうしなければいけない。相手の製品を真似れば、あっという間にできるじゃないか」といったセリフを、何度聞いたことか。心底、腹が立つ。そんな最大手追従の風土など、なくしたい。ずっと、そう思っていた。それには、何よりも独自の技術を磨き、差別化した製品をつくらねばいけない。高い志と強い意欲を持ち、泥の中から這い出るような努力があってこそ、それは可能だ。経営戦略を考えていたとき、そう確信する。その気迫が、抗菌トイレの独自技術を生み出した。

「不為也。非不能也」( 為さざるなり。能わざるに非ざるなり)――中国の古典『孟子』にある言葉で、事が成らないのはやらないからであって、できないからではない、との意味だ。何事も、やろうという強い心があればできるはず、と教える。川本流は、この言葉に重なる。

数年後、トイレ部門の売上高は、長らく主軸だったタイル建材を抜いて、会社を支える柱に育つ。コンサルタント相手のチームに入る前から抱いていた夢が、実現した。

1952年10月、愛知県瀬戸市で生まれた。姉二人、兄一人の末っ子だ。家業は窯業で、代々、瀬戸物の染め付け磁器をつくり、父も輸出用の茶碗などを焼いていた。だが、兄も自分も、家業は継がない。父には「窯業は大変だから、サラリーマンになったほうがいい。大学は、工学部へ進め」と言われた。

早大理工学部の機械工学科で4年になった75年、日本は第一次石油危機に直撃され、大不況だった。大学の就職課へ行っても、求人票は十数枚だけ。その中で目に入ったのが伊奈製陶(現INAX)だ。タイルが主力の会社で、エンジニアになろうと思っていただけに抵抗感もあったが、背に腹は代えられない。面接に行くと、歓迎してくれた。