成功後を見据え防汚の「二の矢」

<strong>川本隆一</strong>●かわもと・りゅういち<br>1952年、愛知県生まれ。76年、早稲田大学理工学部卒業、伊奈製陶(現INAX)入社。半田工場に配属後、開発畑を歩く。2000年取締役、03年常務、06年専務。07年より現職。水温を自動調節する「サーモスタット混合水栓」や電源不要の「自動水栓」など数々のヒット商品を手がけた。
INAX社長 川本隆一●かわもと・りゅういち
1952年、愛知県生まれ。76年、早稲田大学理工学部卒業、伊奈製陶(現INAX)入社。半田工場に配属後、開発畑を歩く。2000年取締役、03年常務、06年専務。07年より現職。水温を自動調節する「サーモスタット混合水栓」や電源不要の「自動水栓」など数々のヒット商品を手がけた。

1996年の初夏、水回り設備の商品開発室長のときだった。研究所にいた後輩に、いつものような調子で声をかけた。「社内は新しい抗菌トイレのキャンペーンで盛り上がっているが、2、3年でピークは過ぎる。その後のことを、考えよう」

後輩は、驚いたような顔をした。前号で紹介した抗菌トイレ「キラミック」は、まだ発売して間もない。手応えはよく、社内は「これで、しばらく食っていける」という安堵のムードで包まれていた。でも、世界のフロントランナーになるには、抗菌トイレ一つの優位性だけではだめだ。もっと独自性の高い「二の矢」が欠かせない。「渾身の力で、考えよう」。そう言葉を続けると、後輩も、今度はすぐに頷く。43歳。体中に闘志がみなぎっていた。

ポスト・キラミック・プロジェクトの技術開発のテーマは「防汚」。簡潔に言えば、トイレや洗面台に汚れがつかない、水垢もへばりつかない、ということの実現だ。当時、まだ、どこも商品化していなかった。

抗菌トイレでは、菌の抑制ぶりが目にみえないから、利用者も確かな実感はないだろう。でも、きちんと「抗菌になる」と説明したら、世の中は支持してくれた。ならば、もっと目にみえる効果がある商品ができれば、もっと評価されるはずだ。世間には、古いトイレがたくさん残っていた。汚れへの不満は根強く、その解消は大きな潜在需要だ。

チームのメンバーに、3つのアプローチで研究させた。1年後、それぞれの成果を聞く会議を開く。そこで、一つに絞り込んだ。汚れが付くというのは、一種の化学反応によるものだ。トイレ機器の表面を、あらかじめ化学的に処理して組成を変えることで、その化学反応を抑え込んでしまう。そんな案を選ぶ。最も本質的な解決策だからだ。前年に「二の矢を用意しよう」と声をかけた後輩が、出してきた案だった。

会議が終わって、その後輩に、また声をかけた。「これで、俺はお前と心中するからな」。まだ誰もやっていないことを世に問うときは、当然、大きな投資が要る。後戻りはできない。成功すれば大きな力となるが、失敗すれば大きく傷を負う。後輩を緊張させてしまった言葉だったが、つい、覚悟のほどが口に出た。

開発した加工技術は、世界でも例がなく、ほどなく米国で特許を取得する。商品化した「プロガード」はおしゃれなイメージづくりにも成功し、「キラミック」で開拓が進んでいた住宅向け市場で、一気にシェアを伸ばす。前号で触れた「最大手企業追随」の弱点も消え、営業現場から「我々は、次々に新しいもの、いいものを世の中に提案できる。お客さんも『次は、何だろう』と期待を持ってくれるようになった」との声が届く。全社が自信をつけていく手応えが、何よりもうれしかった。

リスクにも怯まず、他社に先駆けて新しいものを送り出す。それができてこそ、世の中に一流とみなしてもらえるのだ。フロントランナーには、それだけの価値がある。

「功崇惟志、業廣惟勤」(功の崇きは惟れ志、業の廣きは惟れ勤)――志をきちんと立てれば、成果はおのずから高くなり、心を尽くして励めば、事業はおのずから広くなる、との意味だ。中国の『書経』にある言葉で、高い志を立て、貫き通すことの大切さを説き、そのために全力を尽くすよう教えている。一つの成功に満足して終わることなく、志を持ち続けて全社を奮い立たせ、市場シェアを広げた川本流は、この教えと相通ずるものがある。

防汚の技術は、そうとう革新的だと自負がある。レストランやバーへいくと、バーテンダーがグラスをキュッ、キュッ、と磨いている。何で磨いているかというと、水で洗って干しておくだけでは、うっすら白くなるからだ。水垢が付き、グラスが透き通らない。トイレの機器に付く汚れと、同じ現象だ。それを、何回もキュッ、キュッ、ととる。もし、防汚技術を生かせば、そんな必要はない。実用化したのはまだトイレ機器だけだが、応用範囲は広い。「宝の山」になるかもしれない。