先走りを自制「半歩先」でいい

もちろん、開発では失敗した例も少なくない。水道用浄水器への挑戦も、その一つだ。最初に、乾電池で浄化する低電圧殺菌法の浄水器をつくった。トイレの特約店へ持っていったが、全く売れない。ああいう分野の製品は、ホームセンターのようなところに置かないとダメなのだ。販路ができず、数億円の損を出す。だが、「水は、必ずビッグビジネスになる」と思っていたし、浄水ビジネスで首位に立ちたかったから、あきらめない。次は、アルカリイオン水を使った浄水器を考案し、発売する。ところが、その翌日、生産を委託したメーカーが倒産してしまう。

蛇口と浄水器のビジネスは、似ていると思ったが、いろいろと違う。販路も市場も、別だ。少し、先を急ぎすぎたようだ。いまや、「美味しい水」や「安全な水」を、おカネを出して飲む時代になっている。あのときうまくやっていれば、年商数百億円もの事業になっていた。もったいなかったな、と思う。

でも、INAXという会社は、この種の失敗をしても、目くじらを立てない。任せた以上、そんなに厳しいことは言わない。でも、自分としては「会社に借りだ。いつか、返そう」と誓った。その後、蛇口に付ける品ではなく、キッチン水栓に浄水器を組み込んだ製品を出し、大ヒットさせた。借りは返せただろう。

この体験で、つくづく感じた。自分のように気がはやるタイプは、どうしても一歩先ではすまなくて、二歩先、三歩先まで考えてしまう。でも、そんなに先まで読んだ事業は、絶対に成功しない。大切なのは「半歩先」くらいの間合いがとれるかどうかだ。そう思って、以来、部下たちに「時代の半歩先をいけ」と繰り返す。無論、その言葉には、自制の意味も込めている。

抗菌トイレや防汚トイレの開発に象徴される「このままで、会社の将来は大丈夫か」との危機感。それが後押しした「功崇惟志」。その行きつく先は、社長就任だった。

ずっと、部下たちに課題を与えてきたが、実は、自分でも考え続けている。ある時点で集中的に考えるのではなく、常々、あれこれ考えている。すると、急に、全体像がみえる瞬間がくる。それは、新商品の設計でも同じだ。昔は、白紙の上に線を描いて始めた。最初に1本、中心線を引き、それを2~3時間、じっとみる。頭の中に全体の構造が浮かぶまで、みている。もう1本、線を引いてしまうと、形が決まってしまい制約されるから、2本目は簡単には引かない。頭の中で、こう考え、ああ考え、ちょっと間を置いてまた違う側から考えて、ということを続ける。そこから前へ進まないときは、次の日にやり直す。

昨年5月、取締役会で、世界的な水回りブランド「アメリカンスタンダード」を持つルクセンブルクの企業から、アジア・パシフィック部門を買いとることを決めた。調印が終わると、すぐに、シャワートイレの開発をしている同期入社の技術者に電話する。「おい、お前が海外で売るために買ったのだから、ちゃんとやれよ」と伝えた。

いま最大の課題は、海外展開だ。中国などでトイレ機器の生産や販売をしてきたが、まだ規模は小さく、先端製品までは手がけていない。だが、自動車や電気製品と同様に、世界の成長のパイを切り取らないと、先はない。だから、つい、電話をかけて、現場を鼓舞してしまう。

商品開発の会議などには、いまでも顔を出す。以前のようには発言しないように抑えているが、やはり、つい言葉が出る。現場とは、どうしても離れられない。現場が、何よりも大事だからだ。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)