中学のときに美大受験を決意

「あの頃は、おもしろかったよね」
「いい学生時代でした。学校大好き!」

ザリガニワークスの坂本嘉種さん(45)と武笠太郎さん(42)が顔を見合わせ、多摩美術大学グラフィックデザイン科に在籍していたときを振り返る。学生時代は、先輩・後輩の間柄だった。ともに音楽サークルのメンバーでもあった。

卒業後は、坂本さんがゲームメーカーのキャラクターデザイン職など、武笠さんが玩具メーカーの企画・デザイン職として仕事をしていたが、2004年に共同経営の会社・ザリガニワークスを興した。

メーカーや広告代理店、テレビ局、出版社など、多くの企業などから依頼を受け、製品や商品などの企画やデザイン、プロデュースに関わる。企画開発・デザインをした、玩具の「コレジャナイロボ」や「土下座ストラップ」などが次々とヒットし、その名が知られるようになった。

ザリガニワークスの坂本嘉種さん(右)と武笠太郎さん。ともに多摩美術大学卒。

現在、その活躍は幅広い。キャラクターデザインやその作詞・作曲「IT IS NOT THIS! コレジャナイロボ!」(歌 水木一郎)を手掛けたり、専門学校や大学で講師もする。文房具アイデアコンテストでは、審査員を務める。

2013年には、『遊んで暮らす コレジャナイ仕事術』(パルコ出版)も書き著した。最近は、アイドルグループ「石膏ボーイズ」の企画・デザインなどに力を注ぐ。

2人は、すでに中学の頃に美大への進学を決めていた。一般の大学のことは、一切考えなかったという。

坂本さんは、大学に入る前に「絵を猛烈に、めちゃくちゃ真剣に描いていた」と振り返る。「デッサン力を偏差値25から75でランクすると、60台後半から70強くらいの力はあったんじゃないでしょうか」

美大卒業後のことも考えていた。当時、テレビ番組「ファッション通信」(テレビ東京)で、ファッション・デザイナーの森英恵さんが紹介された。

「車のインテリアをデザインされるという話題を拝見し、これだ! と思ったのです。ファッションの分野で認められているから、ほかの分野のデザインに関わることができるのでしょうね。分野を限定せず仕事がしたいと思っていた私に、このニュースがヒントを与えてくれました。私も、まず、ひとつの世界でひとかどの者になろう! と考えたのです」

そこから、マスメディアに最も近いデザインの仕事として、グラフィックデザインを志すようになったという。

武笠さんは、高校に入ると美大受験の予備校に通った。

「毎日が楽しく、夜遅くまで、予備校に残り、絵を描いていました」

2人が多摩美大を受験した頃、倍率は20~25倍だった。武笠さんは、「純度の高い倍率」と説明する。

「中学・高校の頃から、デッサンなどをかなりしてきた人がたくさん受けるんです。いざ入ると、やはり、周囲はレベルが高いと思いました」