孫社長のモットーは「論理よりもまず感情を刺激せよ」。人間は、右脳が感情を、左脳が論理をつかさどっている。そこで、感情だけでなく写真や図などのイメージ処理も担当している右脳を、こうしたビジュアルによって刺激し、それに伴って感情も動かそうという狙いがあるのだ。
いまでもよく見かける悪いシートの典型例が、ビフォーで示したような文字だらけのスライドだ。1枚のスライドに盛り込むメッセージは、およそ10~20文字に収めるのが理想。内容次第ではケースバイケースで対応しても構わない。そして、それに対応する写真や図を一点という「ワンシートにワンメッセージ・ワンビジュアル」という基本を踏襲していく。
また、今回の事業の裏付けとなる数字もお忘れなく。言葉で説明するよりも、数字を示したほうが一発で理解されることが意外と多いためである。企画書のところでも触れたが、意味のある数字を対比することでお客さまの関心をより高めることができるようになる。だから、アフターのシートで「5割」と「8割」という数字を強調したのだ。
数字については、グラフや図解化していく工夫も行いたい。とくにビフォーにある採用コストの一覧表はいただけない。一目で見てわかりやすいものにしよう。
そこで私が考えたものが、アフターの採用支援会社のサービスフローのどの段階で、どのくらいの費用がかかるのか、その対象となる学生の数がどのくらいかを示した図だ。ベンチャー企業にとって、いかに割高なものかが一目瞭然になっているだろう。
お客さまとの交渉術に関して孫社長がよく口にするのが、福岡県の筑後川で鯉を獲っていた「鯉とりまあしゃん」という人物だ。「鯉抱き」と呼ばれる独特な漁法を得意とする伝説的な人物で、開高健のエッセーにも出てくる。
まあしゃんは真冬の漁期になると、漁の前日から精のつく料理を食べて体調を整える。翌朝、河原でたき火に当たり、十分に体を温めてから、筑後川の川底にある鯉の巣に静かに横たわる。すると、冷たい水のなかの鯉が、まあしゃんのぬくもりを感じて自然と集まってくる。そこをすかさず捕まえてしまう。
要は提案シートも同じこと。どんな言葉を使い、どういったビジュアルと組み合せていったら、お客さまのほうから「面白い。うちでもやってみたいので、詳しい話を聞かせてもらえないだろうか」といってきてもらえるか、それを考えながら提案シート作りを工夫することが重要なのだ。
だから、提案シート作りで手抜きは決して許されない。緻密に計算されたシートは、多大なエネルギーを費やして作成されるものである。それこそ、本番スタート30秒前まで手直しが続くことだってあるのだ。そうすることで、お客さまの心にダイレクトに響く提案シートが出来上がる。