サラリーマン買収は、実績が上がらない経営者が後先を考えず、功名心に駆られてやることが多い。1つの例が、(毀誉褒貶はあるが)カリスマといわれた東京スタイルの故高野義雄社長の後を2009年に引き継いだ中島芳樹前社長が、高野時代の蓄積を湯水のように使って企業買収を重ね、揚げ句の果てに解任されたケースだ。買収は経営者にとって“実績”を上げる手っ取り早い手段なのだ。

日経新聞の現経営陣も、(失礼ながら)これまでさしたる実績もなく、アジア展開も上手くいかず、経営トップの女性スキャンダル、子会社の不正経理、従業員からの公然とした批判などが相次ぎ(裁判では和解したり勝ったりしたようだが)、財界で冷ややかな視線を浴び、肩身の狭い思いをしてきたことは想像に難くない。「FTを買収した男」として一発逆転したい気持ちがあったとしても不思議ではない。その心理につけこみ、売り手と買い手のそれぞれについた投資銀行が独メディアを当て馬に値を吊り上げた可能性もある。

とはいえ、世界屈指の経済紙を日本企業が買収したことは、日本人として嬉しいし、できれば成功してほしい。「国内が頭打ちなので、海外に活路を見出す」というのも、方向性としては頷ける。

FTは、歴史、政治、経済といった大きな枠組みの中で記事をまとめるのが得意で、分析力は際立っている。世界各地で相当突っ込んだ取材もしており、筆致もドラマチックで面白い。ウォール・ストリート・ジャーナルの視点が米国寄りなのに対し、かなり公平で信頼もできる。私はかねがね「日本の新聞を読んでいただけでは日本や世界の動きを理解できない。FTを読め」と、メディア関係者や友人に勧めてきた。FTの主要コンテンツが日経新聞で読めるようになるとしたら、素晴らしいことである。

今回の買収を成功させるためには、FTを経営しようとしたり、組織的に統合したりしないようにすることだ。メーカーや商社ならまだしも、海外で企業経営をやった経験がない日本の新聞社に欧米人の組織を経営するノウハウなどあるはずがない。建前はともかく、欧米人は本音では黄色人種を見下している。彼らが日本人に一目置くのは、自動車や鉄鋼メーカーなどのように、誰から見てもすぐれた技術やノウハウを持っている場合だけだ。ましてやメディア、法律、会計、金融といったソフトの分野は、彼らが得意とする分野である。

欧米では転職が当たり前なので、下手にいうことを聞かせようとすると、たちまちみんな辞めてしまう。野村証券によるリーマン・ブラザーズの買収をはじめとして、日本の金融機関の海外買収が成功していないのは、こうしたことが大きな原因だ。