記者会見での買収理由も、取って付けたような感じがぬぐえない。経営陣は「デジタル戦略である」「データ分析、モバイルでの表現など、キャッチアップすべき部分がたくさんあるので、FTから勉強していきたい」と説明したが、FTがデジタル分野で進んでいるとは思えない。たしかにFTは購読者の7割が電子版であり、日経新聞の約14%よりずっと多い。しかし、これは英国で「新聞配達」という制度が一般的でないことが1つの理由だ。購読者の多くは、朝、駅の近くの新聞スタンドや食料・雑貨店に立ち寄っていちいち買わなくてもすむように、電子版に乗り換える。使い勝手でも、日経の電子版は一度ダウンロードすればインターネット接続がなくても読めるが、FTのほうは常に接続が必要である。また、私が以前FT電子版の解約をしたときは、インターネット上で手続きできないために販売担当者に電話しなくてはならず、解約理由を根掘り葉掘りしつこく訊かれ、その非効率的顧客管理にげんなりさせられた。本来「デジタルで進んでいる」というのは、ブルームバーグやロイターのようなリアルタイムの金融情報媒体を持っているとか、ロイター傘下のファクティバのように世界の何千もの新聞・雑誌を横断的に検索できるシステムを持っているようなことを指すものだ。なお今回の買収でも使われた「シナジー」という言葉は、駄目な買収をごまかすのによく使われる。

会見する喜多恒雄・日本経済新聞社会長(右)。(写真=時事通信フォト)

買収価格も異様な高値掴みである。欧米系メディアの買収額は、一般的に営業利益の10~15倍とされる(ロイター)が、今回の買収額はFTの営業利益(約2400万ポンド)の約35倍の8億4400万ポンド(約1600億円)である。さらに、買収対象からロンドンのテームズ川畔のサザーク地区にあるFT本社(延床面積15万5000平方フィート=約1万4400平方メートル)が除外されている。今後、家賃を払うとすれば、あのあたりは1平方フィート当たり年間66ポンド程度が相場なので、年間1000万ポンドくらいになり、これを含めると、買収額は実に営業利益の約60倍ということになる(英国には建物の減価償却制度がないので、考慮する必要はない)。一概に比較はできないが、メディア王のルパート・マードック氏が2007年にウォール・ストリート・ジャーナルを有するダウ・ジョーンズを買収したときは、約50億ドルしか払っていない。