日本史上、最も国民の心を掴んだ音楽とは何か。1984年生まれの辻田真佐憲さんは「それは軍歌です」という。終戦までに作られた曲は1万超。辻田さんはそれらを徹底的に集め尽くした。
「もともと軍艦や戦車が好きだったのですが、中学生のときにその延長で興味を持ちました。単純に物騒なことを歌っているだけだと思ったら、著名な作家が文学的修辞を駆使している。メロディより歌詞に関心をもち、資料を調べ始めました」
「時なきままに点火して、抱き合ひたる破壊筒」と歌う『爆弾三勇士の歌』は、歌人・与謝野寛の作詞である。人々の心を掴むためには、歌詞やメロディに工夫をこらすのは当然だ。半年で60万枚を売り上げた『露営の歌』、ミリオンセラーとなった『愛国行進曲』など、軍歌は当時の人々がこぞって買い求め、そしてレコード会社を儲けさせたポップソングだった。
「軍歌にはもちろん政府によるプロパガンダの側面があります。しかし強制的に押しつけるだけでは広がりません。満州事変が起きたとき、政府は関東軍の動きを抑えられなかった。その一方で、レコード会社は関東軍を称える軍歌を大量に作り、大衆はそれらを歌いながら満州事変を歓迎した。政府の思惑を超えて、あらゆる主体が“利益共同体”として軍歌を支える構造が出来上がっていました」
軍歌は官民挙げての国民的なエンターテインメントだったのだ。その歴史を踏まえ、辻田さんは「日本が今戦争に突入すれば、アイドルが軍歌を歌うだろう」と指摘している。昨年7月にはAKB48の人気メンバーが「自衛官募集」のCMに出演して話題を集めた。軍歌に象徴されるように「政治とエンタメ」は簡単に結びつく。そして歌には、理性を超えて、人の感性に訴える強い力がある。
「韓国や中国への蔑視や嫌悪を煽る本が、書店で目立ち始めています。危険なのは、表現としてすぐれた傑作ではなく、“カネになる”という目的だけで大量に作られるような商品たちです。ひとたび民衆と企業と政府の“利益共同体”が形成されると、『これではまずい』と思っても歯止めが利かなくなります。戦前の日本はその結果、最後まで突き進んでしまい、悲惨な結果を迎えてしまった。こうした歴史の教訓を忘れるべきではないでしょう」