たとえば、今では当たり前になった「スキー宅急便」は、重い荷物を背負って苦労するスキー客たちを見た長野県のSDたちが発案したものだとか。全国の自治体と連携しながら一人暮らしの高齢者宅を見守る「見守り支援」も、馴染みの顧客の孤独死に直面したSDの発案で始まったものです。また、東日本大震災の際、被災地で現地のSDたちが、被災直後から自らの判断で救援物資の配送に乗り出した、という話はよく知られています。ヤマトの宅急便サービスは、こうした個々のSDの「現場力」に支えられているといっても過言ではありません。

では、この「現場力」はどこからくるのでしょうか。ヤマト運輸の人材育成課長、木村滋樹さんによると、担当地域を1人で任されるSDには「野球選手型ではなく、サッカープレーヤー型の能力が求められます」と話します。仕事中は現場でただ一人、様々な状況判断を迫られるため、監督からのサインを待つのではなく、自分なりに判断し行動するサッカープレーヤー的な行動が求められるというわけです。

一方で、全国6万人のSDが個々に現場で下した判断を付加価値の高いサービスにつなげるためには、個人プレーヤーであると同時に、「チームヤマト」の一員であることも求められます。そのためには、全員が「ヤマトの価値観」を共有している必要があります。その共通の価値観、行動指針を体現したものが、社訓です。

・ヤマトは我なり
・運送行為は委託者の意思の延長と知るべし
・思想を堅実に礼節を重んずべし

企業によっては、社訓が形骸化していて、「自社の社訓を知らない」という人も少なくありませんが、ヤマト運輸のSDは、毎朝復唱しているとのこと。ヤマトの社員ならば誰もがすらすらと暗唱できるというほど、浸透しているといいます。

しかし、どれほど社訓が浸透していたとしても、仕事は地道な作業の連続。常に質の高いサービスが求められている現場は、毎日感謝されることばかりではありません。そうした中、常に「ヤマトは我なり」と、使命感を持って仕事を続けるのは大変なことです。やや抽象的に述べれば、「組織やチームとして大切にするべきこと(理念)」と「自分の仕事」の関係(意味づけ)をすることが必要になります。