才能を活かす場を用意することが教育
受験勉強だけが才能を伸ばしたり開花させたりするわけではありません。医学部教育に限らずどの分野でも、多様な才能の受け皿を作らなければいけないですし、さまざまな才能を生かす場を用意することが本来の「教育」であるはずです。今の子供たちが大好きなコンピュータゲームも、親たちが思うほど無駄ではないかもしれません。
外科医の世界では、最新のコンピュータや画像技術を駆使した手術支援ロボット「ダヴィンチ」が前立腺がんの手術を中心に、患者さんの治療に活用されています。コンピュータゲームが上手な人は、恐らく、ダヴィンチの技術の習得も早いと思います。浪人の回り道も、私にとっては必要な時間でした。1年早く医師になることと、1年でも長く成熟した医師として患者さんに尽くすことのどちらを選択するかということにつながるかもしれません。短期的に無駄だと考えられていることも、無駄ではなくなる時が来るのです。
誤解のないように書いておきますが、医学部へ入学してからの私は、一生懸命勉強に打ち込みました。医師国家試験の勉強は、医師になってからの臨床の場でも役立ちます。医学部に入って浮かれて遊んでしまっては、いい医師にはなれません。医師として将来必要な分野の勉強に打ち込んだ結果、大学での成績は上位でしたし、医師国家試験の成績も高得点でした。
また、外科医を目指していたので、体力とチーム力をつけるために部活にも入りました。最初に入ったのはスキー部ですが、上下関係が厳しく、技術力に関係なく上級生しか試合に出られないので1年で辞めました。その後入ったテニス部は、そういった理不尽なことはなく、実力さえあれば下級生でも試合に出られるクラブでした。手術に必要な集中力、体力、チーム力の基礎は、大学時代のテニス部で培われました。
私は、人工心肺装置を使わずに心臓を動かしたままでバイパス手術を行うオフポンプ手術を得意としていますが、拍動している心臓の血管にバイパスとなる細い血管を縫い付ける時には、非常に高い集中力が必要になります。気が付くと、手術中に集中力が高まった時には、テニスのサーブを受ける時と同じようにつま先立ちになっていることがあります。最近は「チーム医療」という言葉をよく聞くと思いますが、手術は外科医一人ではできませんしチームワークが不可欠です。テニスでは団体戦もありますし、チームを下支えする仕事も多い部活動は、心臓外科医としてのチーム力を高める土台を築いてくれたと考えています。
順天堂大学医学部心臓血管外科教授
1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒業。新東京病院心臓血管外科部長、昭和大学横浜市北部病院循環器センター長・教授などを経て、2002年より現職。冠動脈オフポンプ・バイパス手術の第一人者であり、12年2月、天皇陛下の心臓手術を執刀。著書に『最新よくわかる心臓病』(誠文堂新光社)、『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)、『熱く生きる 赤本 覚悟を持て編』『熱く生きる 青本 道を究めろ編』(セブン&アイ出版)など。