日本人が見るべき『運動靴と赤い金魚』

高倉健はこの映画が「いかに感動するか」について、長時間、語った。

「貧しい親子の話なんだ。

小学校5年生の兄貴が買い物の途中で、たった一足しかない妹の靴をなくしちゃう。

ゴミ集めの人間が間違って持っていっちゃうんです。兄も妹も家が貧しいことをよく理解しているから、両親に靴を買ってくれとはとても言い出せない。

仕方なく妹は兄のぶかぶかの靴を履いて朝一番で学校に行く。

兄貴は妹が帰ってきたとたん、妹から靴を返してもらって、学校へ全速力で走っていく。靴が一足しかないから、授業に出る時間を変えている。

そんな生活のスケッチが続いた後、ある日、兄貴は学校で地区対抗のマラソン大会が開かれることを知る。

三等の賞品は靴なんです。

それで兄貴は妹のために走る。自分がいちばん愛する人のために立ち上がって、必死になって走る。頑張った結果、兄貴は一等を取っちゃうんだ。ところが、一等の商品はキャンプ旅行への招待。兄貴はしょんぼりして家に帰ってくる。靴を持っていない兄の姿を見ても妹は怒らない。黙って二人で飼っている金魚に餌をやる」

高倉健が好きなところは「愛する人のために立ち上がる」映画だ。そして、イランの映画に描かれている貧しさは昭和の日本人が経験した貧しさでもある。

わたしは彼に教わって、この映画を見て、あらためてまた感想を話し合った。

「どこがいちばんよかった?」

そう聞かれたので、あるシーンについて話したら、「そう。そこなんだよ。貧しくたって、人にやさしくする人がいるんだ。日本人は『運動靴と赤い金魚』のような映画を見なきゃいけないね」

彼の言う通りの映画である。(文中敬称略)

(岡倉禎志=撮影)
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