境界線を見た瞬間、吐き気がします

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2階のキャットウォーク。平日の日中はビジネスマンや学生がコーヒーを持ち込んで書籍やノートPC、ヘッドフォンでおのおのの作業を。ビジネス書や産業・経済関連の書籍、新聞の縮刷版という「借景」(樋渡氏)を背に意欲が湧いてくる?

そうした点をここのフロアに応用しました。BGMは私が提案し、選曲はCCCがやっていますが、フロアに仕切りがなくても音楽が聞こえるエリアがあり、そこから徐々に小さくなって、まったく聞こえなくなるエリアもあります。音楽を聴きながら過ごしたい人も、静かな場が好きな人も、それぞれの居場所があるようにフロアを設計してあります。

空間に境界線を引くというのは、「ここから先は入ってくるな」と他者を拒絶したり、あるいは仲間だけ入れよう、という意識の表れ。どこからが官でどこからが民だっていう区分も含めて、僕はそういうのが大の苦手。境界線を見た瞬間、吐き気がしますね。

言ってみれば、僕は快適さの「申し子」なんです。気持ちのいい人としか付き合わないし、気持ちのいい服しか着ないし、気持ちのいい靴しか履きません。小学校のころからずっと通知書に「わがまま」と書かれ続けたくらいの超絶わがままですから。ここの空間は、そんな僕の意識と身体の延長です。僕は、空間は人の身体の延長だと思っています。

だから、境界という境界はすべて外したんです。居場所はその中で自分が見つければいい。その代わり、椅子もテーブルもすべてが快適じゃなければいけないし、そういうものを揃えています。突飛なものをつくったとは全然思っていません。

内装は代官山の蔦屋書店とほぼ同じですが、中身はわざと違えています。あっちがお姉ちゃんなら、こっちはやんちゃで大らかな妹という感じ。本棚の間の通路の幅を向こうより広くしたり、本を置く場所も高くしていません。都会の過剰感に対して、田舎の開放感を出したかった。CCCがそこをよく理解してくれたということじゃないでしょうか。