「間違いだと証明できない」反証が心の支えに
女性医師アリスは、増加する小児癌をテーマとして研究をしてきた。他の病気のほとんどが貧困と関連性があるにも関わらず、子供の癌患者の場合のみ、多くは裕福な家庭の出身だった。
「この例外はどう説明できるのか」
わずかな研究費の中で、食生活なのか、生活環境なのか……あらゆる事実を調べあげるには至らなかった。ところがある日、統計的に確かなデータが浮かびあがってきた。 亡くなった子供の母親は、2人に1人の割合で妊娠時にX線を浴びていたのである。
予備調査結果を急ぎ1956年に医学雑誌の「ランセット誌」に発表をすると、ノーベル賞の話も出るほどの賞讃を浴び、アリスは大急ぎで子供の癌の全てのケースを調べようと努めた。あらゆるデータが消えてしまう前にと……。ところが、実は彼女は急ぐ必要などなかった。イギリスとアメリカの医療機関が妊婦へのX線照射をとりやめたのは 、それから25年も後のこと。彼女のデータは公開され誰もが閲覧できるのに、残念ながら誰も気にもとめず何も変わることはなかったのである……。
こうした“誰も気にもとめない結果”という状況下で、彼女が自分自身を信じ続けることができた背景には、ひとつの“対立”があったという。
アリスの仕事相手の統計学者ジョージ・ニールは、アリスとは正反対の人柄であり、 彼は2人の仕事上の関係の素晴らしさに言及し「私の仕事はスチュアート医師の間違いを証明すること」と語り、彼は積極的にアリスとの見解の不一致を探していった。簡単に言えば、パートナーの仕事をデータ的に“粗さがし”をすることを自分の任務としていたのである。彼女を反証すべく別の視点からモデルや統計を検証し、データの演算処理を違った方法で行っていった。
彼は「自分の仕事は対立をつくり出すことだ」と心得ていたという。なぜなら、アリスが「自分が正しい」と確信できる 唯一の方法は、“「アリスは間違っている」とジョージが証明できないこと”だったからである。