飲み薬のタネをつくれたわけ

今までの常識では、眼疾患の治療薬は、目の表面には点眼液、網膜や視神経などの眼球の後ろの部分となると眼球注射で投与します。眼球注射は目に物理的に針を刺すので侵襲性が高く、患者さんへの負担は大きいため、症状が進行した患者さんを対象に施術します。

私たちがつくろうとしているのは、ドライ型の中でも末期とされる地図状萎縮をともなった加齢黄斑変性(加齢とともに中心視力を司る網膜の黄斑部が変性し、視力低下もしくは失明する目の病気)の治療薬候補で、しかも飲み薬です。網膜に薬を届ける手段として経口剤を選択するのは非常に困難だと言われてきました。

その理由は、飲んだ薬は血液中を流れて、体の他の臓器全てを通過して最後に脳に到達します。ということは、脳にたどり着くまでに、他の臓器のタンパク質の鍵穴にはまるデザインの化合物であってはいけません。

さらに、異物の侵入を防ぐ関門、いわゆる交通の関所を通過しなければならない。脳には血液脳関門があり、脳の一部である網膜には血液網膜関門があります。この関門をかいくぐる化合物のデザインを見つけるのも容易ではありません。

私たちがつくっている新薬候補は、網膜にしか存在しないタンパク質に特異的に作用するデザインの化合物でもあり、服用しやすい飲み薬の開発を進めることができているのです。臨床開発のフェーズ2b/3に突入していることは欧米でも注目いただいています。臨床開発について詳しくはアキュセラ・インクのウェブサイト内「患者の皆様/開発のプロセス」(http://bit.ly/V6Gxz5)をご参照ください。

少し臨床開発について補足しておきます。アルツハイマーや網膜変性はゆっくりと悪化します。プラセボ(※)あるいは偽薬を投与されている被験患者グループが悪化してはじめて薬効の有意差が得られるため、臨床試験には長い期間を要します。no news is good news と言って、副作用などの問題が生じることなく臨床試験が進んでいる場合は、一日一日順調に試験結果のデータが出る日に近づいていることを意味します。この間も現場の医師や臨床開発のスタッフは 患者さんが薬をきちんと飲んでいるか、副作用は出ていないか、予定通りに医師の診察を受けているかなど、全て滞りなく進んでいるかを24時間365日、目を光らせているのです。

低分子化合物を使った創薬は、こういった探索からはじまります。探索から、前臨床試験、臨床試験を経て、10年以上の長い年月をかけて世の中に生まれてくるのです。3万個のうち薬になるのはたったの1つという低い成功確率にもご納得いただけるのではないでしょうか。

[脚注・参考資料]
※プラセボ:有効成分が入っていない偽薬のこと。腹痛や頭痛などの症状がプラセボをのむことによって軽減されることがあり、それをプラセボ効果という。

窪田 良(くぼた・りょう)●1966年生まれ。アキュセラ会長・社長兼CEOで、医師・医学博士。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学院に進学。緑内障の原因遺伝子「ミオシリン」を発見する。その後、臨床医として虎の門病院や慶應病院に勤務ののち、2000年より米国ワシントン大学眼科シニアフェローおよび助教授として勤務。02年にシアトルの自宅地下室にてアキュセラを創業。現在は、慶應義塾大学医学部客員教授や全米アジア研究所 (The National Bureau of Asian Research) の理事、G1ベンチャーのアドバイザリー・ボードなども兼務する。著書として『極めるひとほどあきっぽい』がある。 >>アキュセラ・インク http://acucela.jp
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