「ニュー春樹」のこれから

宮崎駿監督の「最終作」といわれている『風立ちぬ』を、私も先日、DVDで観ました。作家の好みがストレートに打ちだされている点、この映画は春樹の新作と似ています。ただし、『風立ちぬ』では、「宮崎らしさ」を全開にすることが、これまでの宮崎アニメに見られなかったものを生みだしていません。『女のいない男たち』のような、作り手の新境地がうかがえる作品ではないのです。

1979年、春樹がデビューしたのとおなじ年に、宮崎駿は長編初監督作品『ルパン三世 カリオストロの城』を発表しています。以後、80年代なかばにカリスマ的存在になり、90年代後半に国際的認知を得るなど、春樹と宮崎の歩みには、共通する部分があります。しかしここに至って、両者の進路は大きく別れたようです。

春樹は、これまであつかってきた素材を別のかたちで語りなおすことで、以前には描けなかったものに挑んでいます。このやりかたは、アニメ作家でいえば、『新世紀エヴァンゲリオン』の「セリフリメイク」を作りつづけている庵野秀明を思わせます。

冒頭でふれた「まえがき」の「不審な文言」は、「女のいない男たちにかかわるモチーフを、今回は集中的にリメイクするぞ」という宣言だと解釈すれば納得できます。「宮崎駿」から「庵野秀明」へ――不死鳥のように若返った春樹の「これから」に、まだまだ目を離せそうにありません。

日本文学研究者 助川幸逸郎
1967年生まれ。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。現在、横浜市立大学のほか、早稲田大学、東海大学、日本大学、立正大学、東京理科大学などで非常勤講師を務める。専門は日本文学だが、アイドル論やファッション史など、幅広いテーマで授業や講演を行っている。著書に『文学理論の冒険』(東海大学出版会)、『可能性としてのリテラシー教育』『21世紀における語ることの倫理』(ともに共編著・ひつじ書房)、『光源氏になってはいけない』『謎の村上春樹』(プレジデント社)などがある。ツイッターアカウント @Teika27

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村上春樹をテーマにした公開講座を開きます。お申し込みは下記URLから。
途中からでもご参加可能です。

http://www.ync.ne.jp/jiyugaoka/kouza/201410-01210123.htm

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