待遇を少しでもよくしたい

【田原】坂根さんは経営者だから、雇用の問題もお聞きしたい。産業競争力会議では雇用の流動化も話し合われたと思いますが、どうお考えですか。

【坂根】産業競争力会議の議論の中で、終身雇用は雇用調整が簡単にできないからよくないと言う方がいらっしゃいます。たしかにそれは日本の雇用の弱い面です。先にも申し上げたように、私もコマツで1回だけといって大手術に踏み切ったので、その考えがわからなくもありません。しかし私はいま、特に私どものような製造業においてはむしろ日本の雇用の強い面を大事にしたい。

【田原】強い面って何ですか。

【坂根】日本だと、社員に「2カ月後から海外の会社に行ってください」とか、「来月から大阪の工場に転勤してください」と言うことができますよね。それに対して社員が、「いや、家族が嫌だと言っているので断ります」なんていう例は非常に少ない。

【田原】つまり日本の場合は終身雇用を前提にして社員に無理を聞いてもらうわけですね。

【坂根】そう。最後まできちんと面倒を見るという前提で、ある意味では個人の自由度を捧げてもらっている部分があるのです。そうなると「この人にはこの仕事よりあっちのほうが向いている」と適性を見極めて仕事を振り、「将来のことを考えて、この仕事を経験させよう」と長期的に能力開発をすることが可能になる。社員のほうも、雇用に関して会社と信頼関係があるから、もともと希望していない仕事の担当になっても頑張ろうと思える。それが日本の雇用の強みであり、そこは何とか維持していきたいのです。

【田原】なるほど。でも、それで企業は持つのかな。

【坂根】そこが重要なポイントでしてね。どうしていま私が雇用に手をつけずに頑張れそうだと考えているのかというと、期間契約社員などのいわゆる非正規社員が一般化してきたからなのです。うちにも非正規社員の人たちが相当います。それで正社員の雇用が維持できるという面がある。

【田原】つまり非正規で雇用調整すると。

【坂根】うちの場合、たとえば契約期間社員に対して途中で解約することはありませんが、仕事が少なくなっている時期には、事前に期間満了後に延長しない旨を通告しています。非正規の仕組みに頼らざるをえないからこそ、正規と非正規との格差を縮めていかなきゃいけない。うちは契約が終わったときには慰労金を出したり、「再就職のための支援金・休暇」を付与しています。

また、再就職活動中、新たな住居が決まらない人には寮、社宅使用の延長を認め、次に忙しくなったときに優先的に声をかけるようにしています。また今回、新聞には正社員のベースアップしか載っていませんが、うちは非正規社員にも原資をかなり回しました。

【田原】一見白か黒かはっきりしていないように見えるけど、そこが経営者のリアリティですね。学者は教条的というか、割り切りすぎますから。

【坂根】ちなみにリーマンショック前の生産増強時には非正規社員のうち3人に1人は正社員化していました。非正規の人にとってもっともつらいのは、正社員になる道がないこと。かといって全員を正社員にするほどに雇用機会を増やすことはできません。ただ、日本がデフレを脱却して成長を取り戻せば、さらに増やすことができるかもしれません。