政策判断や権力維持を左右する重要な戦略情報

こうした生体情報への執着は、決して被害妄想ではない。CIAにはかつて、「MPAC(医療・心理分析センター)」と呼ばれる専門組織が置かれ、一流の医師や精神科医、心理学者らが世界各国の指導者の健康状態や心理状態を分析していたことが知られている。

現在の組織名や編成は公表されていないが、指導者の健康分析は今も重要なインテリジェンス分野でありつづけている。

特に病状の進行や認知機能の変化は、政策判断や権力維持を左右する重要な戦略情報になる。実際、第二次世界大戦末期のヤルタ会談では、重病を抱えていたアメリカのルーズベルト大統領の衰弱ぶりをスターリンが見抜き、交渉で主導権を握ったとする見方もある。

ヤルタ会談に臨んだ3首脳。左からウィンストン・チャーチル、フランクリン・ルーズベルト、ヨシフ・スターリン
ヤルタ会談に臨んだ3首脳。左からウィンストン・チャーチル、フランクリン・ルーズベルト、ヨシフ・スターリン(写真=U.S. Army Signal Corps Collection/PD US Army/Wikimedia Commons)

国家指導者の健康状態が、国際政治そのものを左右する――。その教訓は、現在も情報機関に深く刻み込まれているのだ。

歩き方、声、表情…わずかな変化も見逃さない

実際、この種の医療インテリジェンスは各国で行なわれている。

たとえば2009年、アメリカのクリントン元大統領が北朝鮮を訪問した際には、随行団の中に医療分野の専門家が含まれていたとされる。その狙いは、「病気のデパート」とも噂された金正日総書記の健康状態をできる限り近距離で観察することだった。

歩き方に不自然な変化はないか。手の震えはないか。表情や声量に衰えは見られないか。そうした細かな兆候から、病状や余命を推測しようとしたのである。

一方の金正日も、相手の意図を理解していたといわれている。会談中には健康を誇示するかのような振る舞いを見せ、チェーン・スモーキングを続けたという証言も残されている。まさに互いの健康状態を探り合う静かな情報戦だった。

現在、健康状態がとりわけ注目されるのが、中国の習近平国家主席、ロシアのプーチン大統領、北朝鮮の金正恩総書記である。

いずれも権力が一人に集中した長期政権を率い、後継体制が見えにくい。もし突然、執務が困難になれば、国内政治だけでなく国際情勢にも大きな混乱を招きかねない。

だからこそ、映像に映る歩き方、呼吸、表情の変化までもが分析対象となる。指導者の健康情報は、外交・安全保障上の判断を左右する貴重なインテリジェンスであり、直接接する医療関係者の情報も、各国にとって高い価値を持つのである。