人の弱みにつけ込む「支配」の仕組み
ロシア文学者の内村剛介は、ソ連の秘密警察(GPU)の過酷な抑留体験を通じて、権力による抑圧システムの根底にあるのは「ニヒリズム」であると看破した(内村剛介『ロシア無頼』高木書房)。
どういうことか。内村によれば、権力機構(ソ連においてはボリシェヴィズム)は、人間の弱みや浅ましさを知り尽くしており、それを巧みに操作して支配しようとする。
その意味において、彼らは極めて「人間的」である。しかし、その根底にあるのは、いかなる価値も信じず、「良心」などを軽蔑し、ひたすら「支配」だけを狙う「ニヒリズム(虚無主義)」なのだ。だが、内村はこうも指摘している。
ニヒリズムは、自らを支える力を自分自身の中から汲み出すことができない性質のものであり、本当は「弱い」存在なのだと。弱いからこそ強がり、他者を威圧して屈服させようとするのである。
だとすれば、このニヒリズムの攻撃から自らを救う唯一の道は、相手の圧力に恐れをなさず、自分の中の臆病風を克服して、自らの良心に立って歯向かっていくことしかない。私が直面した特捜検察もまた、内村の言う意味でまさに人間的なニヒリストであった。
「あの人を裏切ることはできない」
彼らは正義や真実といった絶対的な価値を信じず、ただ自分たちが描いたストーリーにターゲットを屈服させ、支配することだけを目的としていた。
エリートのプライドを傷つけ、あるいは目先の損得(保釈や執行猶予)をちらつかせて迎合させようとするやり方は、まさに人間の弱さと浅ましさによって立つ権力の論理そのものである。
私は独房の中で内村の教えを思い出し、彼らの本質がニヒリズムであるならば、決して恐れる必要はないと悟った。そして、恐怖に打ち勝ち、自らの良心にしっかりと立って、巨大な国家権力に最後まで立ち向かう決意を固めたのである。
ここでいう良心とは、法規範や社会的な正義ではなく、「自分はあの人を裏切ることはできない」「そんな卑劣なことをすれば、一生自分自身を軽蔑して生きていくことになる」という信念とも言い換えられる。
鈴木宗男氏への恩義や人間的な信頼という「情」があったからこそ、私は自らの筋を曲げず、迎合の誘惑を断ち切ることができたのだ。

