大局を論じられる政治家は出てこないのか
自民党総裁選挙の国会議員投開票が27日に行われた。推薦人制度の導入以来、過去最多の9人が立候補。15日間にわたって選挙戦を展開したが、どの候補も的外れなアピールに終始した。
メディアは各候補者の政策を一覧表にして掲載。一見、政策論争をしているように見えるが、それは表層をなぞったスローガンの羅列にすぎない。
たとえば河野太郎氏は脱原発論者だったが、「データセンターやAIで電力が足りない」と推進派になった。転向した理由をきちんと説明できるなら、賛成反対どちらでも構わないが、それの説明ができないから取ってつけたような理由になる。実際は財界の支援が欲しくて転向しただけであり、本人にはビジョンも見識もないのだ。
その他、有力候補とされていた人は「日本をもう一度てっぺんに」と叫んでいたが、なぜ没落したのかを理解していない。「安全・安心」に至っては、地方選挙でも出てくる無意味な言葉だ。
どの政治家も似たり寄ったりで、天下国家を論じていない。この国の本質的な問題をわかっていないからである。いま政治家は何に取り組むべきなのか。
国の在り方を規定するのは憲法である。というと、野党の政治家はやれ「平和憲法を守れ」「改憲自体が悪だ」と気勢を上げるに違いない。しかし、自衛隊はどこから見ても軍隊であり、安保三法案によって反撃能力の保有が可能になっている。9条はすでにこの国の主要争点ではない。
論じるべきは、国家の根幹である統治機構だ。統治機構は、企業体を例えとして考えるとイメージしやすい。企業は取締役会が代表取締役を選任し、社長以下、事業本部、部、課、係といったような組織運営体制で統制されている。それに対して日本国家は、中央政府、都道府県、市町村といった組織体で運営される。このように全体を統治する組織運営体制を統治機構という。
日本の統治機構の問題点は、「地方自治」がないことである。日本の国土は東西南北に約3000キロメートルだ。地域によって気候も違えば生態系や文化も違う。各地域がそれらを踏まえて独自の戦略や計画を立て、予算を確保して動くことが全体の発展につながる。
ところが日本の統治機構は中央集権だ。地方自治を担うはずの都道府県や市町村には自治の権限がなく、単に行政サービスを住民に提供するだけの国の出先機関になり下がっている。
憲法をきちんと読んでみると、憲法で地方自治は規定されていない。たしかに、第8章には地方自治というタイトルがついている。しかし、肝心の地方自治についての定義がないのだ。
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