40才を過ぎたあたりから、面白くなる
【大﨑】太田さんは2025年から千船病院の看護部長に就任されました。千船病院の第一印象はどのようなものでしたか?
【太田】本当にみんな素直。一生懸命にいろんなことに取り組んでいる。管理職のナースに自分の考えを伝えることに加えて、できるだけ現場を見るようにしています。みんなが働きやすい、働き続けられる職場をいかに作るかを常に考えています。
【大﨑】先ほど働き方改革という話も出ました。また千船病院のような急性期病院では入院日数を減らす傾向になっています。太田さんが若かった頃と環境は変わっているんじゃないですか?
【太田】(深く頷いて)そうなんです。時間がないので、入院している患者さんの今の姿しか見えない。それぞれの患者さんには歩んできた人生という背景がある。そこに目を向けてほしい。
【大﨑】お医者さんでも言葉のかけ方によって、患者さんの受け取り方がだいぶ違う。まずは患者さんの言い分を肯定してからお話される方と、パソコンをずっと見ながら話す人。医療とは直接関係ないんかもしれないけれど、患者とすれば自分のほうを向いてほしい。
このおじいちゃんは若い頃、何していたんだろう、職人やったんやろうか、営業マンやろか、どんな映画好きやったんやろ、何が楽しかったやろと普通の会話をしながら寄り添ってくれるとうれしい。人格をきちんと認めてくれるというか。
【太田】人に興味を持ってほしいというのは同感です。
【大﨑】(腕組みして)若い頃はどうしても自分が、自分が、になってしまう。芸人さんも同じです。若い芸人さんがゲストを迎える番組ってあまり面白くない。40才を過ぎたあたりから、人に興味を持つようになって面白くなる。そこは年いかないとわからへんかもしれない。ただ、ぼくが知る限り、千船病院の看護師さんはみんな優しい。
【太田】ありがとうございます。みんな一生懸命やってくれているので、毎朝出勤するとき、感謝、感謝と思ってます。入院生活というのは人生の1ページ。患者さんには千船病院に来て良かったと思ってほしい。同時に働いている看護師も、ここで働けてうれしいと思える病院にしていかなきゃいけないという責任を感じています。
北海道赤平市出身。神奈川県立衛生短期大学(現:神奈川県立保健福祉大学)卒業後、聖マリアンナ医科大学病院 救命救急センターに入職し、看護師としてのキャリアを歩み始める。兵庫県立成人病センター(現:兵庫県立がんセンター)、明石医療センターで勤務。その後2018年から明石医療センター看護部長、尼崎だいもつ病院看護部長3年を経て、2025年から千船病院看護部長に就任。職員からも患者・家族からも選ばれる病院を目指し、変革に取り組んでいる。
大﨑 洋(おおさき・ひろし)
1978年、吉本興業株式会社に入社。多くのタレントのマネージャーを担当し、音楽・出版事業・スポーツマネジメント事業、デジタルコンテンツ事業、映画事業などの新規事業を立ち上げる。2009年に代表取締役社長、2019年には代表取締役会長に就任。2023年6月代表取締役会長を退任。2023年3月全広連日本宣伝賞・正力賞受賞。2023年5月大阪・関西万博催事検討会議共同座長に就任。また、公益社団法人「2025年日本国際博覧会協会」シニアアドバイザーも務める。現在、一般社団法人mother ha.haを設立し代表理事に就任。著書に『居場所。』(サンマーク出版)、『あの頃に戻りたい。そう思える今も人は幸せ』(飛鳥新社)。
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